505人が本棚に入れています
本棚に追加
「……俺、室瀬が思ってるほどいいやつじゃないよ」
と、沈かに伝える声は水面に落ちる滴みたく寂寞としていた。
こんな時でさえ表情の変化は乏しいけれど、眼差しは自分を見守ってくれているかのように慈しみ深い。
「タケさん、父親らしいことしてやれなかったって後悔してた。仕事ばっかで相手にできなかったって。
何でも話してくれたけど、室瀬のことだけは長いこと黙られてたから本当に悔いてたんだと思う」
「……………」
「本当はこのこと、すぐに話すべきだった。分かってた。でも昔のこと、……室瀬には知られたくなかった」
……ごめん、と告げた相手は決まり悪そうに視線を逸らす。
このような想いを抱えていたことにまたしても胸が締め付けられ、コーヒーを台所に置いた。
「パパが会社をやめた年に電話をくれたの。私、その電話に出なかった。折り返すこともしなかった」
初めて口にした過誤に胸を押し潰しそうになり、鼻の奥が針に刺されたような痛みが走る。
過去を隠していた臣を責めれるほど、私も立派な人間ではなかった。
「悲しかったんじゃないかって…すごく、っ、後悔してて」
泣きたくないのに。
泣く資格すらないのに。
耐えきれずに押し出されてしまった一粒の涙が、するりと頬を滑り落ちる。
最初のコメントを投稿しよう!