狭間行き交う

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狭間行き交う

 リンと鈴虫の声がした。この季節になるとじいちゃんは毎年同じ話をする。僕が生まれるはるか前の話を。 「弟がな……」  じいちゃんがぽつりぽつりと呟く話を僕は草むしりを手伝いながら聞き耳を立てる。前も聞いたなんて言ったりはしない。何度聞いても不思議な話だから何度も聞きたいのだ。 「じいちゃんが十で弟が六つだったよ。あの夜のことは忘れられん」 「じいちゃん、こっち草むしり終わったよ」 「ああ。一服するか」  僕の家はそこそこの山にあり、じいちゃんは畑を耕しているために家の庭はそれなりに広い。夏場は、その庭の草むしりをするために僕は手伝わされる。もちろん、お駄賃はもらうのだけど、僕がじいちゃんっ子のせいのほうが理由としては妥当だろう。  椅子代わりに置いている丸太に腰を下ろして、ペットボトルの飲料に口をつける。たった今まで流水で冷やしていたもの。僕の家のすぐ横には川も流れている。そこに網を落としてペットボトルを冷やす。  冷蔵庫で冷やしたものほどは冷えていないが、川で冷した飲料は体に優しそうな冷たさを保つ。 「弟は体が弱かった。じいちゃんは小さな頃から畑を手伝っていたが、弟はすぐ咳き込むからいつも家で本を読んでいたよ。あいつにしたら、体を動かせるじいちゃんが羨ましかったんだろうな」  僕は飲料をグイッと飲む。じいちゃんの話を妨げることはしない。 「そのせいか不思議な本を弟は読むようになってな。魔法だか占いだか分からないが、じいちゃんから見たら気味の悪い本だった」  じいちゃんもグイッと飲料を飲む。この話が終わるまでは一服も終わらないだろう。 「弟が庭に変な紋様を描いているとき、ついじいちゃんは怒鳴ったんだよ。変なことはするなってね」  それがどんな紋様なのか、じいちゃんは教えてくれたことがない。きっと魔法陣みたいなものなのだろう。 「あいつはあっちの世界の植物なら体を治せるはずだと訳の分からないことを言ったよ。その夜だよ。じいちゃんが魔物を見たのは」  そう。それは鈴虫の鳴く季節。何度も何度も聞いた話。 「でかくて、目がギョロリと大きくて、寝室で一緒に寝ていた弟の手を引いて消えて行ったよ。弟の奴は笑っていた。じいちゃんは声も出せずにただ見ていた。親に弟が化け物に連れて行かれたと喚いても、お迎えが来たんだよって言われるだけだった」  それが本当の話かどうかは僕には分からない。ただいつもこれだけは聞く。 「じいちゃんは弟にまた会いたい?」 「ああ会いたいよ」  それを聞くだけで僕の心は穏やかになるんだ。
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