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車庫証明
倒れそうになったタツを支えて
「おい! しっかりしろ。倒れてる場合じゃねぇって! 神さまが、やっとおまえに微笑みかけてくれたんだ。今、やっと、おまえは神さまに発見してもらえたんだ。蜘蛛の糸が目の前にスルスルと垂れているんだ。やったぜ!」
などと興奮していた俺。
タツの野郎は、鯉みたいに口をパクパクさせて目玉をひん剥いて、俺の腕を痛いほどつかんで震えていた。
その後、俺たちは車の引き渡しについて具体的な説明を受けた。
タツが言葉を発しないで俺ばかり話すものだから、先方の担当者が不審に思っているらしいので俺はテツの親父さんに電話した。
「こいつ、ちょっとした病気で声を出せないんです。俺が代わりに手続きしてもいいかどうか、こいつの親父に電話しますので確認して下さい」
タツの親父さんはあっさり
「その男に任せる。なんなら、その男にくれてやる」
と言って電話を切った。
タツの親父さんは、ぶっきらぼうな職人気質の人間で宮大工をしている。
一年中、どこかの工事現場で生活していて、タツが子どもの頃から、ほとんど家にいた試しがない。
だけど、俺たちが大人になってからは年に何度か、ふらっと俺たちを訪ねては酒を振る舞ってくれたり、タツにまとまった小遣いを手渡したりしてくれる情の厚い親父さんだ。
タツは、その小遣いはまったく使わず貯金している。
『この金は親孝行するための資金』
と考えている。
タツは押し黙っているが、キリリと根性の引き締まった男なのだ。
さて、当面の課題は!
「お車を納車させて頂くにあたり、車庫証明が必要となります」
俺のポンコツ車は、たまたま近くに住んでいる知り合いのスナックのママの家の裏庭に置かせてもらっているが、高級車を置いておけるような場所は思い当たらない。
「うーむ。困ったなぁ。月極め駐車場を契約するしかないかなぁ」
俺が、そう言って腕組みすると、いきなり女子高生くらいの女の子が、横から口を出した。
「車を置く場所が必要なら、私の家の車庫、使ってもいいわよ。無駄に広い車庫、余ってるから・・・」
「はあっ?! 誰?! 君?!」
驚いた俺は、その子に尋ねた。
「大当たり〜って時から、ずーっと見てたんだよね。どういう人に何が当たったのかなぁって気になったから。で、横で何気に話を聞いてたんだけど。私の家には車は一台しか無いけど広ーい車庫あるのよ。いつか私が大きくなったら車を買うだろうからって、じいちゃんが一階を全て車庫にしたんだよね。あははは。いくら私が大人になったとしても、車は一台あればいいし。まだまだ10台以上は置けるよ」
「いや。しかし。そんな訳には・・」
俺が躊躇していると、その子の横に立っていた上品な老婦人が名刺を差し出して、こう言った。
「恐れ入りますが、お宅様はどの辺りにお住まいですか?お宅様がご不便でなければ、どうぞ私共の車庫をお使い下さい。私は、こういうものです」
『億万長者株式会社
会長 多幸 泉 』
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