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紅子
俺は初めキツネにつままれたような気持ちだったが、冷静になって考えてみると、タツには車を引き当てるほどの強運が回って来たのだから、億万長者の味方が現れたとしても不思議はないような気がしてきた。
結局、俺とタツは、スカイライムの車庫証明については保留にして、とり急ぎ、多幸家の車庫を見せてもらう事にした。
「さっそく参りましょう」
多幸 泉さんと、その孫らしき女の子の後についてショッピングモールの駐車場に行くと、黒塗りのデカいベンツで黒いスーツを来た厳しいシルバーグレー頭の運転手が待っていた。
運転手が後ろのドアをサッと開くと、運転席の後ろに女の子が乗り込んだ。
俺とタツは反対のドアから後部座席に乗せていただく。
助手席に鎮座した多幸 泉 女史は、無言で運転手に目で合図を送ると、車はスーッと動き出した。
15分程走って着いたビルは、俺たちのアパートから歩いて数分の近間にあった。そのビルの1階部分は太い支柱だけが立ち並ぶ車庫となっていた。
「ほら! 広いでしょう」
女の子は俺たちに笑いかけた。
「本当に広いな」
俺は呆然と、その空間を見回した。
「タカハシ。この方たちの車を、この車庫に置かせます。どこに置くのが良いかしら。あなたが管理しやすい場所を指定なさい」
タカハシと呼ばれた運転手は少し考え、俳優のように落ち着いた調子のバリトンで答えた。
「会長。東側の中央が良いかと思います。ここでしたら洗車し易く、エレベーターにも近いので荷物の運搬にも便利かと存じます」
「荷物の運搬?!」
俺は不思議に思って、つい大きな声を出してしまった。
「ごめんなさい。その件に関して、あなた達に相談があるの。とりあえず、上でお茶にしましょう。さ、いらして」
泉女史は、ショッピングモールで買い物した荷物をタカハシに持たせ、高級そうなバッグだけを抱えて颯爽とエレベーターへ向かった。
女の子はニコニコしながら彼女の背中を追いかけてエレベーターへ向かう。歩きながら彼女は俺に向かって自己紹介した。
「私は多幸 紅子。高校1年よ。泉おばあちゃんのひ孫。ママはいない。去年、離婚したのよ。パパの浮気が気に入らなかったらしいわ。パパはニューヨークで仕事してるから、ここへは滅多に帰って来ないわ。でも、時々、私にプレゼントを送ってくれるの。昨日、前から欲しかった大谷翔平のサイン入りユニフォームが届いたのよ。うふふ! いいでしょ! あ、ところで、あなたたち、お名前は?」
「俺は、西 巧。コイツは柳迫 龍」
「タツは病気で話せないの?」
紅子はタツの顔を見上げて聞いた。
タツは思いっきり首を縦に振って、その問いに肯定の意を示している。
俺は、紅子がタツを『タツ』と呼び捨てにした事が気に入らなかった。
いくら金持ちだからと言って、年上の人間を気軽に呼び捨てにするとは!
そう思ったけれど、紅子の次の言葉に、俺はアゼンとなった!
「私、タツに一目惚れしちゃった! めちゃカッコいい。早くタツの車、届くといいなぁ。そうしたらタツとドライブしたいなぁ。タツとデートするの。ネッ! いいでしょう?」
タツは今度は思いっきり首を左右に振って否定の意思を示した。
俺は苦笑いして勝手に言い訳した。
「タツはナイーブなんだ。女の子と2人でデートなんてできるもんか。ま、しかし、ゆっくり時間をかけて仲良くなれば、そんな夢も叶うかも知れないな。せいぜい2人とも頑張れよ」
紅子はアニメに出てくるキャラクターみたいに口を尖らせて言った。
「たとえ声が出せなくても私とだけは目で会話できるくらい仲良くなってみせるわ!」
タツは怯えて紅子から距離を取り、俺の陰に隠れるような仕草をした。
泉女史は、紅子の奔放な態度を叱るでもなく、まるで関心が無いとでもいうように放置していた。
やがて俺たちは、エレベーターで最上階の27階に着いた。
会社が入っているのだろうか?
住居だけで、27階というのは何がどうなっているのか理解も想像もできなかった。
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