試される

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 エレベーターを降りると、そこはまるで映画に出て来る中世ヨーロッパの王宮の広間みたいな空間だった。  その一角に、階下へ続く幅3メートル程の大理石の階段がある。  その階段を下りて行くと広い踊り場がある。  何度か踊り場で方向転換しながら階下へと続く階段を下りて行くと、やがて階段は次第に狭くなり天然の岩になり、だんだん苔むした岩になり、やがて岩の配置もでたらめになり険しい山道そのもののようになっていった。  そのゴツゴツした岩だらけの急な斜面の周囲には木や草が密集し、岩は時々グラグラ不安定に揺れ、苔で滑り、幾度も幾度も方向が変わり、先が見えない狭苦しいジャングルの中をうねりながら谷底へと続く薄暗い空間に俺たちは恐怖を感じないではいられなかった。  目の前を歩いていたはずの泉女史の姿はいつのまにか消え、気づいたら紅子の姿もどんどん先に進んで見失いそうになる。   「紅子ちゃん! 待ってくれよ」  俺は大声で叫んだ。 「タクミちゃん! 頑張って」  紅子も大声で叫ぶ。  クソッ!  タクミと呼びやがったな。  タツと呼び捨てにしたり、俺をちゃん付けで呼んでみたり。  俺は自由気ままなお嬢様の気まぐれにムカつきながら、なぜ俺たちは彼女の後を追いかけながら、こんな大冒険みたいなことをやらなくてはいけないのかと内心あれこれ考えていた。  ジャングルを過ぎるとガランと広い天井が20メートルもありそうな空間に出た。  そこには、某テレビ局の番組SASUKEに使われるような大仕掛けのアスレチックがあった。  見ると紅子は、アスレチックの途中にある指先だけでぶら下がって数メートル移動し背面側に揺れるバーに飛び移って最後の最難関コースに向かって突進して行った。 「タツ〜! タクミちゃ〜ん! 頑張ってえ! ここを越える以外に出口にたどり着けないんだから」 「何だって?!」  俺とタツは目を合わせ、後ろに引き返そうかと今来た崖の道を振り返った。  いつの間にか、崖の上部は頑丈な鉄の天井に覆われていて、もはや俺たちは袋のネズミだった。  タツは子どもの頃から運動神経は抜群だ!  こんなアスレチックなんか、軽く飛び越えることができるに決まっている。  だが俺はタツとターザンごっこして遊んできたとは言え、タツほどキレッキレの運動神経を持っている訳じゃない。  タツはアゴで、俺に先に行けと合図した。  タツの目は『大丈夫。サポートするから』と語っている。  俺は意を決してターザンロープに縋り付くと次々とアスレチックをクリアして行った。  途中、手が滑って落ちそうになった瞬間、すぐ後ろから着いて来ているタツの力強い腕が伸びて俺の手首をつかみ、全身のバネで俺を引き上げてくれたのには驚いた。  TV番組ではないので制限時間がないのが救いだった。  俺は休み休み呼吸を整えながら、一つ一つのアスレチックを集中してクリアすることができた。  タツにとっては、楽しい遊具で遊んでいるようなものだったろう。  大自然の絶壁を命綱もつけず素手と素足で猿のように軽々と登って遊んでいた男である。  俺たちが全てのアスレチックをクリアした時、どこかで数人が歓声を上げて拍手した。  少し離れた壁の一部が観客席になっていて、泉女史とタカハシと見知らぬスーツ姿の男が数人座っていた。  目の前で待っていた紅子は嬉しそうに微笑みながら、俺の背中をバシッと叩いて言った。 「やるじゃん! 2人とも文句なしの合格よ」 「合格だって?! 何の説明もなく勝手にテストするな」  俺は少々不愉快だった。  俺が紅子と、そんな話をしていると、タツはいつのまにか、またアスレチック装置の中へ飛び込んで、今、クリアした道のりを逆走して、たちまちのうちにスタート地点まで戻り、次にはアスレチックの正規ルートとは無関係に機器の上をぴょんぴょん飛び移り、あっという間に、また俺の隣まで戻って来た。    その間、1分もかかっていない。  俺は20分近くかけて、タツに助けられながら、やっとのことクリアしたというのにだ。 「あははは! タツにとっちゃ、こんな仕掛けなど子ども騙しのオモチャみたいなもんだからな」  俺は愉快になって笑った。    紅子までケラケラ笑ってキャッキャとはしゃいだ。  そこへ黒い革ジャンを着てあちこちにジャラジャラ鎖をつけた相撲取りのような巨大な男たちが4人登場した。  紅子は急にズルそうな目つきになって 「この2人、手取り早く片付けておしまい!」 と口早に叫んだ。 「何だって?!」  俺は、いくらなんでも、それはないだろうと思い身構えたが!  俺が身構える必要などなかった。  一陣の風が巻き起こったかと思うと、4人の巨漢はすでに壁際に倒れていた。  タツは空手の達人だ。  それも、ほぼ自力で磨き上げた自分流の動きであって、謂わば野生の護身術である。  わざわざ雪崩に飛び込み脱出を試みたり、車に跳ねられた瀕死の牡鹿が暴れるのを一撃で気絶させてから手当てしたり、金太郎のようにヒグマと競走して深い森を走り抜けたりして来た男だ。  人間など敵ではない。  怪我をさせず、瞬時に気絶させるくらいのことはタツにとっては朝飯前なのだ。  タツは普段そうした能力を人前で見せることはない。ただ、突発的な緊急時には、考える猶予もなく神経が反応してしまうのだ。    横壁に設けられた観客席からは、ため息にも似た驚愕のざわめきが聞こえた。  俺はもう不愉快を通り越して開き直り 「次は?! お次は何のテストですか!」 と、奴らに向かって叫んだ。  紅子は頬を真っ赤に染めて、タツの右手を両手で持ち上げると自分の頬に当てがい、それからタツの手の甲に軽くキッスして言った。 「素晴らしいわ。私の王子様。お願い。一生、私を守って。ずーっと私のそばにいて」  タツはサッと右手を引っ込めると俺の背後に身体を隠し、俺の両肩にしがみつき、俺の耳元で小さく囁いた。 「た、た、た、助けて」 「あははは! あははははは」  俺は大声で笑ってから、機転を効かせてこう言った。 「タツは君たち凡人には想像できない才能の持ち主なのだ。今、お目にかけた身体能力の高さは、ほんの一部分さ。実際は人智を越えた無限の能力を持っている。君たちの小賢しい企み如きは、既にお見通しだ。気まぐれな女の子の遊び相手になって王子様を演じるほど、タツは物好きじゃねぇ〜。俺たちは暇じゃねぇんだ。タツの器用な指先は数千万人の命を守っているんだ」  
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