1.月曜日

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「手、そろそろ離してもらえませんか」  秋生が手を引っ張りながら立ち止まると、千影は足を止めて手を離してくれた。 「……落ち着きましたか?」  秋生を見つめる千影の声色には明らかに心配がにじんでいて、わけもなくカッとなった。 「そんな目で見ないでくださいよ。さっき、俺は大丈夫だって言ったの、千影さんでしょう?」  苛立ちを抑えられない自分を情けなく思いながらも、気持ちを吐き出さずにはいられなかった。 「本当のことを言うと、近頃、ちっとも大丈夫なんかじゃないです。千影さんを見ていると、時々不安で居ても立ってもいられなくなる」 「…………」 「あなたは老いないけど、俺はただの人間です。これから、どんどん衰えてくる。そしていつか『提供者』の役目を果たせなくなる。その時を想像してしまうと……なんだか怖くて」 「そんなに重く考えなくていいんですよ。秋生くんが私の提供者でなくなったとしても、それで死ぬわけではないのですから」 「……そうかもしれないけど――」 「元々、あなたをずっと引き留めようとは思っていません。秋生くんには秋生くんの人生があるのだから。……とりあえずは、そうですね……、私が必要とする血液の量をもう少し減らせれば、心を楽にしてあげられるかもしれませんが」 「――それは、」  いやだ。  言葉にできない代わりに、秋生は千影のシャツの裾をギュッと握った。    いやだ、いやだ。絶対に。  シャツの裾を握ったまま、心で強く念じて、目の前の千影をじっと見つめる。黙ったまま、千影はその眼差しをしばらく受け止めていた。 「……よくない考えが浮かぶのは、きっと疲れているからだと思います」  ややあって、千影は落ち着いた声で言った。 「お昼の仕事だけで大変なのに、私の仕事を夜遅くまで手伝わせてしまっていたから。よく睡眠をとって、しっかり食べて、ストレスがあれば何か発散する手だてを考えて……、そうすればきっと、元の穏やかな気持ちに戻れますよ」  ――よくない考え。  俺の気持ちは分かっているはずなのに。それに触れて来ることなく、千影は通り一遍のことしか言わない。わざとそうしているとしか思えなくて、秋生の苛立ちはどんどん募っていく。  シャツの裾を握りしめたままの秋生の手を取ると、千影はそっと離した。 「体を休めたほうがよさそうですし、そろそろ戻りましょう」 「……どうして『よくない考え』になるんですか」  秋生は足を止めたまま、歩きだそうとする千影の腕を強く引っ張る。 「あなたには、俺の血が必要なんでしょう? そんなの、いくらだって分けてあげるって言ってるんです。それのどこが」  千影は無言のまま、振り返って秋生を見つめた。その顔がひどく悲しそうだったので、秋生は思わず言葉を飲む。 「あの――……」  ――なんだろう、すごく嫌な予感がする。  千影の腕を掴んでいた秋生の手から力が抜ける。千影はもう一度、今度はさっきよりも静かな声で「帰りましょう」と告げた。そして、秋生から目を逸らすと前を向いて、ぽつりと呟くように言った。 「あなたに、話しておかねばならないことがあります」
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