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テーブルをはさんで食べながら、今後のことを色々と話した。これからやったほうがいいこと、悪いこと。守らなければいけないルールの確認や、お互いにあらかじめ伝えておきたいこと。
「ノートはこれからも続けたいな。もともと生活時間がすれ違いがちだから助かったし、次は何が書いてあるかなってわくわくして、開くのが楽しみだったから」
「そうですか? ではノートはこのまま食堂に置いておきますね。何か書いた時には、テーブルに置いておくようにしましょうか」
「分かった。他になにか気を付けたほうがいいことってある?」
「そうですね……。出来るだけ、外に目を向けてください。興味があることを広げたり深めたりして、人と広く交流を持つほうがいいです」
「へぇ……。それって、何か体調と関係があるの?」
「関心や興味を色んな場所に持つことによって、血のことに執着する気持ちを減らすことができます。……だけど、それだけじゃなくて。そうすることは秋生くんにとって、単純にいいことだと思いますよ」
「うん……そうか。そうだよね」
「例えば……、この間、ノートに写真を挟んでくれていたじゃないですか」
「あ――。そうだった。あの日会った寛太さんのインパクトがでかすぎてすっかり忘れてた!」
「あの写真、とても素敵でした。写真は素晴らしい技術です。昔なら決して見ることのできなかった景色が見られるのですから。カメラがあれば、秋生くんが見たものを私にも共有させてもらえるのですからね」
「……そっか。当たり前にあるものだから考えてもみなかったけど、カメラってすごいんだね」
「ええ。テレビだって、インターネットだって、昔の人が知ったらひっくり返ると思いますよ」
「そうだよねぇ」
「また是非撮ってきてくださいね。楽しみにしていますから」
「分かった」
「あとは、そうですね……なるべく周囲の人たちとの関係を大切にしてください。この前会いに来てくださったお二人とも、時には仕事以外で交流する時間を持ってくださいね。とにかく、血のことに執着してしまうのがいけないので、出来るだけ広い視野を持ってくれるほうがいいんです」
「……まぁ、言いたいことは分かるんだけどさぁ……」
空になったどんぶりを見つめながら、少し不満げに秋生は口を開く。
「何となく、外でもっと女の子と遊べって言われてる気がして複雑というか……。それに、愛と執着の境目がどこにあるのかなんて、正直なところ、俺には分かんないんだよなぁ」
そう言ってみると、千影は少し驚いたような顔で秋生を見つめた。
「秋生くんは、難しいことを言うんですね」
「え、俺らしくないって?」
「いえ、そんなことはないですけど。……境目、ですか……」
千影はそう呟くと、じっと考えこんでいる。
「そうですね……、例えば、ここに果物があるとします。それが段々熟して、最も甘くておいしい時期にさしかかる。けれど、その時期を過ぎてしまうと徐々に腐りはじめて、最後には食べられないどころか、人にとって毒になってしまう――何となくですが、それに似ているような気がします」
「わー……、腐っちゃうのか」
「どこかに境目はあるのかもしれませんが、大抵は気が付かないうちに腐っちゃいますね」
「うーん……腐りたくはないな……。出来ればずっとおいしいままでいたい」
秋生の言葉を聞いて、千影は可笑しそうに笑う。
「私も、ずっとおいしいままでいて欲しいです」
「でも、腐るのもまた自然の摂理、なのかもしれないよね」
「確かにそうかもしれませんが……。でもほら、冷蔵庫に入れたり暗くて涼しいところに保管したり。玉ねぎは吊るして外気に晒したり、レタスは芯に爪楊枝を刺しておけば長持ちするってどこかで読みましたし。色んなやりようはあるんですよ?」
「そんな。人を野菜みたいに」
「お互いが苦しくならないように、やれることをやるしかないのでしょうね」
ふふ、と笑うと、千影は席を立った。
「――秋生くん。台所を片付けたら、お散歩に出かけませんか?」
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