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月曜日の午後九時半。初秋の晩は一週間前に比べると少し季節が進んで、空気が冷たさを増していた。駅前商店街に並んだシャッターの大半が閉まってはいたが、歩行者専用通路の両脇には明るい街灯が並んでいて、寂しい印象はなかった。駅改札から出てきたスーツ姿の大人や部活帰りの学生たちが足早に家路につくさまを眺めながら、二人はのんびりとした足取りで明るい夜道を歩いた。
「ちょっとひんやりしてきたね。ストール巻いてきて良かった」
千影に話しかけると、薄手のカーディガンを羽織った千影がにこりと笑った。
「ええ。季節が変わるのはあっという間ですね」
「このままだと絶対、気が付いたらお正月、みたいになっちゃう気がするなぁ」
「そういえば秋生くん、次のお正月休みのご予定は? ご実家の皆さんには必ず顔を見せてあげてくださいね」
「あー……。うん。まぁねぇ。でも、今年は年末年始はこっちにいて、ちょっと日をずらして顔を出すことにするよ」
「私のことは、気にしなくていいんですよ」
「いや、うちは特に正月だから集まらないと、って圧はないからなぁ。去年結婚した妹夫婦が実家のそばに住んでて、そっちが正月休みに泊まりに行くみたいだから親も大変だろうし。行こうと思えばいつでも会いに行ける距離に住んでいるし、電話で時々話したりもしているから、敢えて正月に帰らなくても大丈夫だよ」
「これからは特に、ご実家の皆さんのことはいつも念頭に置いておいてくださいね」
「え?」
「ご家族のこと、大事にできるときにしておかないとだめですよ」
「あ――、うん……そう、だね」
家族には千影のことを「同居人」として、話の上でしか伝えられていない。本当ならきちんと両親や妹に紹介したいのは山々なのだが。この先自分がどうなるか分からないし、今後自分の行く末に何かあって、そのせいで千影の立場に悪い影響が出てはいけないから、やはりどうしても会わせることはできない気がした。
「……うん。ちゃんと考えておくよ、家族のことも」
「お願いします」
千影の声に感じる真剣さが、ずしりと心に響く。その声を聞いて、ああ本当に引き返せないんだな、と実感する。
「……ねぇ。ちょっと寄り道していい?」
商店街の端までやってきたところで、秋生は千影の手を取った。
「いつだったか、散歩中に立ち寄った公園に大きな金木犀があったの、覚えてる? それ、見に行ってもいいかな」
「ああ――、覚えていますよ。行ってみましょうか」
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