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いつも通る川沿いとは反対の道を二人で歩いた。商店街を抜けて少し行くと、住宅の立ち並ぶ静かなエリアに入る。車や自転車が時折行き交う程度の、静かな住宅街。人通りは少ないが、道の両端に建ち並ぶ家々の門や窓には明るい灯がともっていて、さほどの暗さは感じなかった。
「この辺りは、お店やオフィスが多い国道沿いとは雰囲気が違いますね。人の気配が遠くない優しい静けさが好きで、時折一人でこの付近を散歩することがあるんですよ」
「でも、住宅街の中ってちょっと迷路みたいじゃない? 同じような道や家がいっぱいあって、一人だったら抜け出せなくなりそう」
「……もしかして、秋生くんは方向音痴ですか?」
「――っ。……ばれた?」
秋生を横目でちらりと見て、千影はくすくすと笑う。
「それは新たな発見です」
「この近辺の道って全然わからなくて。正直に言うと、あの金木犀があった公園にたどり着けるか、自信がないんだよね……」
もごもごと白状すると、千影は繋いだ手に力を込めた。
「私がちゃんと分かっていますから、ご心配なく」
「実を言うと、最初から頼るつもりでした」
「はい。任せてください」
千影は秋生の手を引いて歩く。迷いなく進む千影について歩いていくと、やがて記憶の中にあった公園が見えてきた。
「ここですよね?」
そこは公園というよりは、住宅地の中にぽっかりと空いた小さな広場のような場所だった。遊具はブランコと砂場、幼児が遊べる小さな滑り台があるぐらいで、整備された小さな花壇には、近所の人が世話をしているのだろう、マリーゴールドが咲いていた。そして、公園の隅には花の咲く木――、桜、桃、金木犀が植えられている。
千影の言葉に「そう、ここ!」と答えると、秋生は公園の中へと走っていく。
「ええと――、あ、これだ」
誰もいない公園の奥、ブランコのそばに植えられた大きな金木犀は、広場の灯りに照らされてぼんやりと夜闇に浮かび上がっていた。丸く綺麗に刈り込まれた木に花はまだついてはいたが、少し盛りを過ぎているのか、地面には小さなオレンジ色の花がたくさん散っていた。
「ああ……、残念。満開は逃してしまったか」
出来れば満開の金木犀を千影に見せたかったのだが。秋生は木の下にしゃがみ込んで、散ってしまった小さな花に触れた。
「でも、とてもいい香りですよ」
後から歩いてきた千影は金木犀に近づくと、その小さな花に顔を寄せる。
「今年もまたここで、秋生くんと一緒にこの花を楽しめてよかったです」
秋生を見つめて微笑む千影の言葉に、どきりとする。
――以前、ここに立ち寄って金木犀の話をしたこと、千影さんも覚えてくれているのかな。
……うん。きっと、そうだ。
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