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「……ねぇ」
秋生はしゃがんだまま、金木犀のそばに立つ千影を見上げた。
「千影さんは、生まれ変わりって信じる?」
「――え?」
「死んでも、また人は生まれ変わるっていう話」
「……どうでしょうね。そればかりは死んでみないことには分からないから、何とも」
ごく真面目な顔で冷静に返すところが千影らしくて、秋生はハハッと笑う。
「確かに、死んでみないことには分からないけど。俺、生まれ変わりを信じてみようと思っていて」
「そうなんですか?」
「うん。だって、もしも生まれ変わることができるのなら、過去に提供者だった人も、未来でいつか千影さんと出逢う人も、俺の前世だったり来世の姿っていう可能性もあるわけじゃん?」
「…………そう、でしょうか」
「信仰とか、あんまりよく分かんないけど。でも、そう信じてみたら、なんだか救われるっていうか。死んでしまっても、またいつか千影さんと出逢えるって思えたら、何も怖くないような気がしてきて」
「…………」
「ま、根拠なんて何もないんだけどね。でも良かったら、千影さんも信じてみてよ。そしたら、このままずっと生き続けていればまた俺がひょっこり現れるかもしれないし、それを待つのもいいかな、って思ってもらえる……かも……」
バカバカしいと思われるだろうか? そう考えてしまうと段々恥ずかしくなってきて徐々に声のトーンが落ちてしまう。そんな秋生を少し驚いたような顔で見つめていた千影は、やがて表情を緩めてふふ、と微笑んだ。
「……面白いことを仰るんですね、秋生くんは」
「どっちみち、俺たちがどこから来てどこに行くのかなんて、誰にも分かんないわけだし。それなら、自分の信じたいものを信じたってよくない?」
「そういうものでしょうか」
「うん。試しに一度、想像してみて。そしたら段々本当に世の中がそんな風に回っている気がしてきて面白いから」
千影は黙って、何やら考えを巡らせている。
「……確かに、言われてみれば。そんな気がしなくもない……かもしれない、です」
「でしょ?」
秋生は立ち上がって千影に近づくと、その顔を見上げた。
「だから。いつか俺がいなくなっても、この世界で待っていて。今のことを忘れていても、全然違う姿になっていても。どんな世になっても、俺、千影さんのこと、絶対に見つけてみせるから」
「――…………」
根拠なんてなくていい。――見つけだす。何度でも、必ず。
秋生は手を伸ばして、そっと千影の冷たい頬に触れた。
「待っていてくれるって、今ここで約束してくれないかな」
――これ以上「死にたい」と願えなくなるように。
今ここで、あなたに甘い呪いをかけよう。
淡く優しい香りを乗せた夜風が、千影の髪を揺らして通り過ぎていく。
「……はい」
千影の手が、秋生の背、そして頭を強く抱き寄せた。
「約束します。……だけど、今の秋生くんは秋生くんのまま、出来るだけ長く私と一緒に生きてくださいね」
「もちろん、そうするつもり」
――これから先、何が起こっても。
今、ここで交わした約束を胸に抱いて生きていこう。
「ありがとう、秋生くん」
涙混じりの声で囁く声を聞きながら、秋生は千影を抱く腕に力を込めた。
【完】
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