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2.火曜日
リリリリ、リリリリ、と耳元で音が聞こえる。
手探りでスマホを探し当ててアラームを消すと、半分眠ったままの頭で時刻を確かめた。
――午前六時。
閉められたカーテンの向こうに昇りたての朝日を感じる。サイドテーブルにスマホを置くと、秋生は薄明るい部屋の天井をぼんやりと眺めた。
ちゅんちゅん、とスズメのさえずりが聞こえてくる。
――朝、か……
……って。朝?
我に返って、がばりと起き上がる。気が付けば、いつの間にか自分の部屋のベッドで眠っていた。
――え、と……、昨日……。散歩から帰って、千影さんとしゃべっていて……
分厚い霧のような眠気が晴れていくにつれて、昨夜の記憶が少しずつ蘇ってくる。
――……まずい。やばい。もしかして俺、最低なことをやってしまったのでは……。
思い出すにつれて冷たい汗が吹き出てきた。
――……どうして、あんなひどいこと……
猛烈な後悔の中、昨夜の自分を思い返す。突如まったく抑えられなくなった、得体の知れない衝動。それに突き動かされるように嫌がる千影の唇を奪って、それから――
「あーーーーー………」
恥ずかしさと後悔で思わず布団に顔をうずめ、頭を抱えた。
最悪だ。どんなに千影を傷つけてしまっただろう。
――だって、初めて見た。あんな苦しそうな顔……
いつも穏やかで笑みを絶やさない千影さんが泣いていた。俺が泣かせてしまった。いくら思いもかけないことを言われたとはいえ、いい大人なんだから、もっと冷静になるべきだったんだ。にっこり余裕の笑みでも浮かべて「心配しなくても大丈夫」って言えたなら、まだ俺を遠ざけなくてもいいんだって、千影さんを安心させることができたはずなのに。
――それが出来なくなることが、千影の言う「行為の代償」ってことなんだろうか。
ハッとして、それから胸がむかむかするような自己嫌悪が襲ってきた。
千影の言っていた「副作用」の話。信じたくはなかったが、きっとあれは事実なのだろう。昨日、身をもって体感したから分かる。あんな風に我を忘れたことなど今まで一度だってなかった。だとしたら、やはり千影の吸血行為が自分の精神に大きくかかわっているのだろうか。
「どうしよう……」
布団に顔をうずめたまま、深く息をする。とりあえず落ち着け。ほら、今朝はもう大丈夫。いつもの自分だし、冷静な判断だってできる。
――できる、はずだ。
考えなければならないことがたくさんありすぎて、頭の中がぐちゃぐちゃだった。まずは、そう……
秋生はゆるゆるとした動きでベッドから出る。
起きて、シャワーを浴びよう。それから、少しずつ考えを整理していくしかない。
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