遭遇

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c3dd3f18-ab06-49b4-8855-d6f566467312 森の生活では虫は貴重な動物性タンパク質。 芋虫は格好の餌食。 キノコや食用植物の根菜同様に採取する。 魔物も食べられるモノがある。 基本的に食用にできないモノでも「道具作り」に役立てることはできるので、襲ってきた魔物を殺した場合の死骸が丸々無駄になるという事はない。 森での暮らしは常に「食べ物・薬・生活道具」になりそうなものの収穫と活用のことだけ考えて生きるものなので… ヒト同士の関わりの面倒な駆け引きとは無縁。 不便な暮らしではあっても精神的には恵まれた暮らしだったのだと思う。 その日は小屋を出るときに 「罠の中を覗いといてくれ、何か掛かってるかも知れないからな」 と師匠に言われ 「分かった」 と返事をしてから木の実採取に向かった。 そういう時には木の実採取よりも罠の確認のほうが先。 罠は小まめに確認していないと、獲物が罠に掛かって居ても、魔物や他の野生動物がやってきて、せっかくの獲物を食い荒らしてしまう…。 なので獲物が掛かっていた場合は素早く息の根を止めてやり、川で血抜きしてから小屋に持ち帰るようにしなければならない。 もちろん毎度毎度罠に何か掛かるはずもなく、大抵は空振り。 今日もいつも通り空振りなのだろうと思って、大して期待もせずに罠を仕掛けた場所へ立ち寄った。 すると… 罠のあった箇所が荒らされているのが遠目からでも分かった。 獲物が掛かってしばらく経つと血の匂いに釣られて来た魔物や他の野生動物が獲物を寄ってたかって食い荒らすので同じように近辺の場が荒らされる。 だけどその場合、罠に掛かった獲物の残骸は残る。 今回は獲物の残骸も無く… ただ場が荒らされているようだったので (いつもと違う…) と思い、自分の心臓が早鐘をつくのが分かった。 (何があったんだろう…) と緊張しながらゆっくり罠の金具に近づくと スッと何かが伸びてきて 気配もなくその何かが喉元に突きつけられたのが分かった…。 長剣がーー 側の木の陰から伸びてきていて 今にも私の喉を突き刺そうとしていたのだ。 (…いつもいつも不思議だった…。罠に掛かった動物は「自分の身に降りかかる死」というものに対して「その時がくるより前」に「何か予兆めいたものを感じる」ものなのかな?って) ボンヤリとこれまでに食い物にしてきた獲物達の心境を思いやりながら 剣を握りしめてこちらへ突きつけている手を眺めた。 ジリジリと木陰から剣の(あるじ)が出てきた…。 手も手袋に覆われて腕も服に覆われていたので、猿人族なのか獣人族なのか区別がつかなかった。 だけど木陰から出てきた顔が見えたことで… 「猿人族…」 だということが分かった。 首にも顔にも毛がない。 私と同じ…。 だけど赤ん坊の頃に森に捨てられて 拾ってくれた師匠に育てられた平和主義の私とは 違うーー 無駄に血を求める残虐な種族…。 猿人族の…おそらくは成人の雄。 ソイツが 「なんでこんなところに人間の子供がいる?まさか魔物が化けてるのか?」 と言ったので (?魔物が化けてる?…何のことだ?) と不思議に思った。 魔物の中には幻覚性の物質を放出するモノもいる。 それによって魔物の姿が「自分が尤も求める相手」の姿に見えることがある。 そうした作用は「魔物が化けてる」というより、ヒトのほうで勝手に自分の心の弱さを曝け出している。 この雄に私くらいの年頃の子供がいるのなら、魔物の姿が「人間の子供に見える」という事もありそうだが… まだ若そうだ。 成人して間もないくらいの若い雄に14歳の私と同じくらいの実子がいるとは思えない。 子供を持たないヒトにとっての「自分が尤も求める相手」は親であったり、同じ年頃の異性である場合が多いらしい。 (何故、「魔物が化けてる」なんて思うんだろう?) と疑問を感じながら、剣を突きつけている猿人族の雄を見やった…。 「…変わったガキだな。…こんな樹海の中にいるのも変なら、お前の言った『猿人族』って言葉も変だぞ。俺達人間を『猿人族』なんて呼ぶのは獣人族くらいのものなのに。…お前は本当に人間なのか?獣人族が人間に化けてるのか?」 そう言われて (ああ、そう言えば獣人族の中でも猫、狐、狸型の獣人は「擬態化」ができるとか、耳と尻尾は消せないまでも猿人族ソックリに顔や身体を毛の無い状態にできるとか聞いた気がするな…) と以前、師匠から聞かされた話を思い出した。 「…どうなんだ?お前は人間なのか?魔物なのか?人間に化けてる獣人なのか?…答えてみろ」 猿人族の雄は一方的に剣を突きつけて一方的に問いただそうとしている。 おそらくは自分の聞きたい答え以外聞く気もない。 (答え次第では斬られる…) ということが分かりきってる。 そんな時だというのに (そんな時だからこそ) …罠に掛かった獲物の心理について考えた。 罠に掛かった獲物は多分突然訪れた死の危険に ただただ驚いていたと思う。 死の危険というものが 「こんなにも突然に訪れるものなのか…」 と驚き悔やみながら それまでの生を思い起こし 「何か楽しいことってあったっけ?」 と振り返っていたに違わない、と思った。 そうやって振り返って 「また生まれてきたい、と思うほどの魅力が生きてきた中にあっただろうか?」 と自分の向かう先を見定めながら自分自身に問うのだ。 きっと…。 私はそう思って覚悟を決めつつ… 師匠のフサフサの毛の感触や たまにかけてくれる優しい声音を思い出しながら 猿人族の雄の目を見つめ、口を開いた…。
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