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「悪いこと」と殺戮との無関係
「…赤ん坊の頃に森に捨てられたから、養い親の師匠と一緒に森に住んでる。別に悪いことは何もしてない。ただ暮らしてるだけ。ただ生きてるだけ。…私も師匠も何も悪くない…」
勝手にこちらの生活圏に入り込んできて
勝手な価値観を振りかざして
剣を突きつける猿人族のこの雄を「憎い」と思った。
声に怒りが滲まないように
雄を刺激しないように
気をつけて答えたつもりだったけど
目付きには怒りが表れていたらしく
雄は低いゾッとするような声で
「…お前が食い物にする生き物は『悪いことをしたから』お前に殺されて食われるのか?違うだろ?
『悪いことはしてない』と言い張ることで相手に罪悪感を植え付けられる場合も有るのだろうが…。おあいにく様だな。…俺にはそんな手口は通用しない」
と言い切ってから
さらに
「俺は『弱さを盾にする』ようなヤツが嫌いなんだ。要点にだけ、答えろ。…お前は人間か?『師匠』というヤツは何者だ?どこにいる?ソイツはなんでお前みたいな人間の子供とこんな森の中に住んでる?」
と尋ねてきた。
「…私は人間だ。師匠は獣人だ。師匠は住まいにしてる小屋で魔物の素材を加工してる。…師匠は元々は旅をしながら暮らしてたが、私を拾って育ててくれた。私が独り立ちできるようになるまでは二人で森の中で暮らすと言っていた。
…猿人族が…人間が獣人族の国に侵略を仕掛けて大勢の獣人を虐殺したせいで、獣人達は人間を見れば殺すようになってる。
…だから獣人と人間の二人組だと森にでも潜んで暮らす以外に二人とも一緒に生き延びる方法が無いのだとも言っていた」
「…獣人達は物の価値を知らない連中だ。ヤツらが『宝の持ち腐れ』にしてしまってる宝を人間側が有効利用してやろうとしてるだけだ。それを『虐殺』だのと大袈裟な…」
「…人間の側の事情は知らないけど、私は『獣人に見つかれば殺される。人間に見つかっても、ソイツが残虐なら殺される』と教わってきた。
師匠のほうでも『人間と馴れ合ってると思われれば同じ獣人から殺される。人間に見つかっても殺される』と警戒しながら暮らしてきた」
「…そんなに『猿人族は残虐だ』と思い込んで居たいんなら、お前もお前の師匠とやらも望み通り殺してやろうか?」
「…そんなこと望んでない」
「そうか?やたらと決めつけたがってるようだがな?…ともかくお前達を殺すかどうかはお前達が暮らしてる『小屋』とやらに着いてから考えることにする。案内しろ」
「………」
「ホラ、何突っ立ってる?とっとと案内しろ」
そう言われて突き飛ばされた…。
殺意、というのとも違うのかも知れないけど…
雄は妙に苛立っていて
そして少し血の匂いがした…。
ふと足元を見やると
雄は足に怪我をしていた。
罠に掛かって怪我をした、という所か…。
硬い皮のブーツを穿いていたから足が千切れずに済んでいるものの
罠の金具の尖った歯の先は肉にしっかり食い込んでいたらしかった。
(…そうか。罠で怪我をさせられたから怒ってるのか…)
と分かった。
「…怪我に効く薬ならあるよ。…治療してあげるし、薬もあげるから…私達のことは見なかったことにして欲しいんだけど…」
と言ってみたら
雄は少しホッとしたような表情になってから
「そんなことは後で考える。とっとと案内しろ!」
と憎まれ口を叩いた…。
それから
「…お前、名前はなんていうんだ?」
と訊いてきた。
奇妙な気がした。
ことと次第によっては殺すつもりでいる相手の名前をわざわざ訊くのも変だ。
もしかして殺す気はない、という事なのか?
と少し期待しながら
「ラケル」
と答えたところ
雄は顔をしかめながら
「…そうか、レイチェルか…」
と勝手に猿人族の訛りで名前を呼び変えて呟いた…。
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