12人が本棚に入れています
本棚に追加
理性ある生き物
小屋に戻る途中でわざと綱に足を引っ掛けた。
殺されない可能性もあるものの殺される可能性もある。
師匠に知らせるためにも呼び鈴と繋がってる綱にあえて足を引っ掛けて音が鳴るようにした…。
不自然に見えないように足をかけたつもりだったのに
「オイ、お前、今何をした?」
と雄がギロリと睨みつけてきたので
(こ、殺される…)
と本気で心配になった。
「…お前はそんなに血が見たいのか?…獣人というのは人間よりもよほど俊敏だ。真っ向勝負になれば人間の側も必死になる必要がある。
人質を取って不意打ちするくらいのアドバンテージが無いと、こちらにも余裕がなくなってしまうから、対話の成立する余地もなくなるんだ」
そう言われて
(師匠は問答無用なヒトじゃないから対話はどんな状況でも成立すると思うんだけど…)
と思った。
雄はハァァーッと溜息をついてから
「…仲間を呼ぶ。…悪いな。俺一人で踏み込めたならお前達を見逃すのも俺だけの裁量で決めても良かったが…。
俺は怪我してる。不意打ちのアドバンテージが消えた状態だと俺一人では不利だ。
獣人が攻撃して来ない限りは俺は手出ししないつもりだが…仲間のほうではそうとも限らない。覚悟しておけ。…恨むなよ」
と告げた。
小屋は見えていたのに…
雄は罠のあった場所まで引き返し、懐から火魔法の魔道具を出して筒状のモノに火をつけて煙を狼煙がわりに上げた…。
しばらくすると猿人族の雄が二人やってきた。
「仲間」というヤツらしい。
「…副団長、無事でしたか」
「…そのガキはどうしたんですか?」
とやってきた二人組が最初の雄ーー「副団長」に話しかけた。
「…人身御供だ。『自然神への捧げ物』という名の赤子の生贄、兼間引きの被害者って所だろうな。獣人に拾われて獣人と一緒に森で暮らしていたらしい…」
「…そりゃ、また…」
「…樹海近くの辺境の村じゃまだそういう赤子殺しの風習が残ってたってわけですか…」
「ともかく、コイツの育て親でもある『師匠』とかいう獣人と会ってみるつもりでいる。
こちとら荷車の故障で立ち往生してるんだ。交渉が成立するなら部品の代わりになりそうな材料が仕入れられるかも知れない。
ジョナス、お前はこのガキを捕まえておいてくれ。獣人に対する人質だ。
獣人が不意打ちを仕掛けてくる場合には、お前が一番狙われやすくなるが…お前の反射神経には期待してる。
コナン、お前は辺りを警戒してくれ。お前の索敵能力はズバ抜けてるからな。
理想としては荷車の修理を念頭に置いた交渉を成立させたい。
獣人の攻撃が強烈で余裕がないなら殺すのを躊躇う必要はないが、俺達が無事に隊に戻れる見込みが充分あるなら可能な限り殺すな」
「「了解」」
(「可能な限り殺すな」って、本気なのか?…猿人族は残虐な基地外ばかりじゃないってことなのか?「理性」がちゃんと、ある?…)
猿人族達の会話を聞きながら…
私は少し混乱した…。
ジョナスと呼ばれたヤツが腰に下げていた縄を取り出して私の両手首を縛ったけど、それと同時に副団長と呼ばれたヤツがやっと剣先を私から下ろしてくれたので、思わずホッとした。
代わりに「副団長」の剣は辺りを警戒する様に前方へ向けられたので
(師匠からの不意打ちを警戒してる、ってことなんだろうな…)
と分かった。
最初のコメントを投稿しよう!