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イレギュラーな存在
小屋に戻って戸を開けると
師匠は戸口に背を向けたまま荷物をバッグに詰めていたので
(気配に敏感なヒトだから、私達が来たことに気づかない筈がないのに…)
と不思議に思った。
「副団長」はというとーー
剣を構えた姿勢のまま小屋の中へと歩を進め
「…交渉がしたい。俺の名前はローレンス・グリフレット。見たところ、お前も特約契約者のようだ。
…鑑定では『不老不死』とかいう見慣れないスキル名が出てるが、お前は何か裏技を使って参入してる存在なのか?」
と師匠に話しかけた。
特約契約者という耳慣れない言葉を聞いて私は面食らったが…
師匠はというと、何事も無かったかのように、いつもの落ち着いた態度でゆっくりと振り返ってから…
「…ラケル。『今日がその日』だ。…昔からずっと、お前が独り立ちしなければならなくなる日が必ず来る、と言い聞かせてきたが。…それはどうやら今日だったらしい」
と言い、少し寂しそうな表情をして私に微笑みかけた…。
「…まるで別れの言葉だな。…死ぬ気か?」
と「副団長」がーーローレンス・グリフレットが訊くと
「…いいや。ナメてもらっちゃ困る。こう見えても人間の特約契約者三人に一斉に剣を向けられても自分一人突破して逃げ切る自信くらいはある。
俺が気にかけてたのは、ラケルのことだけだ。
お前らみたいな正規の特約契約者が、俺のような元【視聴者】のイレギュラーなスキル持ちに対して読心術を仕掛けたところで、どの程度まで情報を得られるのかなど、たかが知れてる。
俺は平和主義者だし、猿人族と獣人族の戦争にも関与する気も無い。お前達を殺す気さえ無い。
俺にとってもお前達にとっても相互的に全く脅威は存在してない。
俺はここを出て、ラケルを拾う以前の放浪生活に戻り、気ままに薬草学と錬金術を極めるだけだ。
…ただ一つ望みがあるとすれば、再び出逢いたいだけだ。俺の運命の番である俺の女神に…」
と師匠が冗談っぽく答えた。
師匠は冗談っぽく「俺の女神」と口にする時はいつも本気だった。
私には何故かそれが分かった。
「…ラケル。育ててやったものの、母親役まではしてやれなくて済まなかったな…。だからお前には性教育もしてやれてない。
男と女が子供を作る方法も何も知らないお前を狼の群れに投げ込むのは我ながら感心しないが、子供に関して貞操の心配までしてやってたら身がもたないってことだ。特にお前は器量良しだからな。
…最後に一つだけ師匠としてお前にアドバイスしてやるとしたら『惚れた相手以外には身体を開くな』ってことくらいだ」
師匠がそう告げると
「え?」
「狼の群れ?」
とジョナスとコナンが面食らったような顔をした。
「…何が言いたい?」
とローレンス・グリフレットが低い声で唸ると
「…互いに読心術師だ。腹を割って話し合おうじゃないか。…この子みたいな未成年の少女に邪まな欲望を持つ輩は少なくない。お前みたいにな。
…だが、俺はそういう趣味を否定してる訳じゃない。俺は単にこの子には幸せになって欲しいだけだ。
お前がちゃんと欲しいものに対して『独占欲』を持って、それを貫ける男なら…腕っ節も強そうだし、お前がこの子をモノにしても、文句はない。
俺が感心しないのは結婚する気もなく女に身体を開かせ、肉の歓びを与えるだけ与えて身持ちを崩させ、挙句に打ち捨てるような無責任なフリーセックスを求める輩だよ。
…そっちの若い二人組はまだその手の求心力の恩恵にあずかるほどの貢献をしてないから何も知らないって様子みたいだが。
こっちは長年生きて来てるし、潜在的記憶まで読める読心術師なんだ。お前らが属してる組織みたいなモノも山ほど見てきた。
俺が可愛い二足歩行のリスの姿をしてるからって、中身までひょうきん者だと勘違いすると痛い目に遭うぞ?」
と師匠が茶化すように警告した。
「…お前、ただの特約契約者じゃないな?…何者なんだ?」
「だから言っただろ?俺は元【視聴者】だって。地球出身者の【覚醒者】にしか【視聴者】の存在は知られてないらしいがな…」
「…【視聴者】は、ようは『悪魔』のことだろうが。…お前の話だと『悪魔』はチート能力を持って非正規参入できるみたいな言い草だな。俺が知ってる話とはだいぶ違うぞ」
「そうか?お前が知ってる話ってのは、どんな話だ?」
「【視聴者】は【世界】には参入できず、あくまでも『外部からの異次元干渉で目をつけた人間に追い風を吹かせ道を踏み誤らせる』といった存在だと聞いている。
しかもそうやって魅入った人間を調子づかせ外道に堕ちるように仕向け、その人間が死んだ暁には魂レベルで解体して全てを奪うのだと…」
「…完全に間違ってるとは言わないが、お前が話してるのは『憑依型』の【視聴者】の話だ。『乗っ取り型』の【視聴者】の場合は違う。
『乗っ取り型』は『魂レベルで死にたがってる、消えたがってる人間』と入れ替わる形で非正規参入して、普通の人間みたいに無力で不利な人生を生きるんだ。
【世界】を退会する際の『カルマ精算のための生』を生きてる退会希望者の人生を肩代わりして入れ替わる事が多い。
どんなタイミングでどんなタイプの人間と入れ替わるのかという点で違いはあるが、【視聴者】は『鬼ごっこの鬼』みたいに『先の者』が『次の者』へと役をなすりつける一種の大厄だ」
「鬼ごっこ?」
「そうだ。【視聴者】に魂レベルで殺された【逸脱者】が永劫の年月を自分自身を見失ったまま【世界】に全てを搾り取られた状態で仕えさせられる。
そうした永い服役期間を終えることで、やっと反物質空間の中で自分自身を取り戻せる。
そしてそうなった時には【逸脱者】だった者は【視聴者】になってしまってるので、『過去の自分』と同じ波動を持つ『次の者』が自分と同様に『逸脱』した場合に限り、自分が『先の者』と入れ替わったのと同じタイミングで入れ替われる事ができる。
つまり『鬼ごっこの鬼』のように『自分の体験をなすりつける』という通過儀礼が延々と引き継がれている」
「…そんな存在が居て、コッソリ標的に目をつけて覗いてるのかと思うと…ゾッとするな…」
「ちなみに『憑依型』の【視聴者】達は【逸脱者】の魂の粒子を奪った後は澄まして【世界】に正規参入するし。『自分が【視聴者】だった』という記憶も残らない。お前自身だって【視聴者】だった可能性はあるんだ。あまり忌避してくれるな」
師匠はそう言いながらバッグに荷物を詰め終わり…
バッグを肩に斜め掛けして担ぐと
私のほうへ向かって歩み寄ってきた…。
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