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別離
師匠は私に向かって口を開いた。
「…何ていうか…、な。…俺は、お前が思ってるよりずっと長生きしてるんだ。今世も前世でも。
だから、お前と過ごした時間は俺にとってはあっという間に過ぎたものだった。
…初めから『いつか手放して独り立ちさせる』ことが分かってたって事もあって、懐かれても戸惑うし…あんまり優しくない親代わり兼師匠だったが…。
それでも縁あって拾って育てた子供だ。お前には幸せになって欲しいと思ってる。
そんなわけで、この小屋に残していくモノは全てお前の財産だ。
お前が望むなら小屋ごとだってお前は持ち運びできる。
…お前に与える最大の財産はこの小箱だ。中が亜空間収納庫になってる。
半物質で出来た亜空間収納袋が小箱と同期していて、使用者指定もお前に変えておいたから、お前にしか使えない。
この亜空間収納庫を使いこなして行商で身を立てるのも有りだ」
そう言って、師匠が秘蔵の宝箱を私に手渡してくれた…。
師匠が使ってるのを見たことは何度も有るし
使い方も教えてもらってるけど…
まさか私にくれる気だとは予想もしてなかった。
「あと、コレは御守りだ」
師匠がポケットからペンダントを取り出して首に掛けてくれた。
銅製のコイン状のペンダントトップ。
コインの表には獅子・鷲・人間・雄牛の絵が刻んである。
獅子は「挑むべし」
鷲は「沈黙すべし」
人間は「知るべし」
雄牛は「意志すべし」
と、それぞれに暗喩的意味がある。
コインの裏には
「三連の七芒星」
を中心に据えた魔法陣が刻まれている。
「守護者の印章」
と呼ばれるもの…。
「その人間達にとっても身に覚えがあることだろうが…。この世には15歳の誕生日を過ぎてから、この印章を一定時間以上目にすることで【覚醒】する人種も居るってことだ。
『お前もそうだ』と断言はしてやれないが…お前はこの隠秘の大森林を守護する女神に愛された子供だからな…。
お前が特約契約者と呼ばれる特殊能力を持つ人間である可能性は高い。
そして俺や女神と同じく『元【視聴者】』である可能性も…。
だから15歳の誕生日ギルドへ過ぎた頃に、ちゃんとこの印章を見つめてみて、自分がそうなのかどうか試して欲しい」
師匠にそう言われて
奇妙に思っていた事を口に出してみた。
「…師匠はずっと私の事を『女神に愛された子供』って言ってたけど、なんでそう思うの?何度訊いても教えてくれなかったよね?
…猿人族に見つかったからって、私を置いてきぼりにして独りで逃げるってんなら、もう二度と会えないかも知れないんだよ?
…最後くらい、教えてくれても良いんじゃない…」
「…それもそうだな。だが、聞いても怒るなよ?真実はお前が思ってるよりも残酷なんだからな?」
「…残酷?」
「…ああ。俺はお前が思ってるよりもずっとドライなヤツだってことだよ。
お前はまだお子ちゃまだから、この世というこの空間で生き物が生きる事の中にある落とし穴ってモノに気がついてない。
恐怖や苦しみが『妄想』と『狂気』によって増幅された『地獄』がこの世の背後にはポッカリ口を開けて横たわってるって、ことさ。
そんな『地獄』を生み出させないために、俺はこの森で出会った手負いの怪我人や森の出口まで自力で戻れない老人・赤ん坊に関しては、猿人族だろうが獣人族だろうが、連中が恐怖で狂う前に引導を渡してきた。つまり殺してきたわけだ」
師匠の言葉で自分の体温が一気に下がった気がしたが
(気のせいだ)
と思うことにして
「…師匠が私を拾ったのは私が赤ん坊の時だよね?…私は森の出口まで自力で戻れない状態だったんだよね?」
と尋ねた。
「…もちろん俺はお前を他のヤツらと比べて特別扱いなんてする気はなかったさ。
俺はお前を特別扱いなんかせずに、他のヤツらの時と同じように『楽に死なせてやろう』と思った。
魔物に生きたまま貪り食われるなんて嫌だろうからな。
なのに森の女神がお前を特別扱いしてしまったのさ。
信じる信じないは勝手だが…俺が知ってる彼女の姿をした幻影が現れて『ダメっ!!!』って言ってお前を庇ったんだ。
愛する者の幻影は魔物が見せてる可能性もあるから、俺は彼女の姿を見てもぬか喜びはせずに、当然ながら容赦なく幻影に斬りかかった。
どの道マテシス圏の武器は全て女神を前にすると機能停止してしまうから遠慮は無用なんだ。
魔物が化けてるか本物の彼女の意志なのかは、マテシス圏の武器が機能するか否かで判別可能だということだ。
その武器がだ。…お前を庇った彼女の幻影を前にして機能停止した。
それによって確信できたんだ。『彼女がこの子供を生きさせようとしてる』ってな。
俺が『彼女の意志を受け取った』『彼女に頼られた』と思って、独りで感動に耽ってる間にも、赤ん坊だったお前が俺の指を握りしめて、乳をねだるようにしゃぶってきたもんだから…『そんなに生きたいのか?』って尋ねたんだ。
そしたらさ、お前は笑ったんだよ。自分の言いたいことが分かってもらえたって、そう思って喜んでるみたいに。
…俺は『誰かを特別扱いするのは、特約扱いしてやらずに死なせた連中に対する裏切りだ』って、ずっと思ってたんだがな。
それでもその時に決めちまったんだ。
『特別扱いしてやらずに死なせたヤツらを裏切っても、恨まれても、俺はこの子を生きさせよう』って。
お前は間違いなく、この隠秘の大森林を守護する女神に愛された子供だ。そして俺が育てた愛弟子だ。
…俺がここを去っても、お前はちゃんと生きろよ?
そいつらはマテシス圏に攻め入ろうと進行してる人間達の軍隊の補給便に雇われた傭兵みたいだからな。
食い物や医療用具を運び終わったら、とっとと人間達の国へ戻る筈だ。
お前はそいつらに付いて行って、人間達の国で暮らせ」
師匠は自分の言いたいことだけ言って
ニヤリと笑うと
煙玉を足元の床に叩きつけて姿を晦ました。
涙一つ見せてくれず
涙一つ流す暇も与えず
彼は去った…。
私をこれまで育ててくれた、父親代わりの師匠ーー
アウィス・ヘルメティスはーー。
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