不老不死

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不老不死

a1c3f8dd-d8d0-4cf5-91ec-309853769693 アウィス・ヘルメティスは若い時分から放浪癖があり、気ままに好き勝手に各地を旅して回っていた。 自分が何かを求めていることを知ってるのに 自分が求めている「何か」が… 「具体的に何なのか」は判らない状態だった。 薬草学・錬金術の研究などは 放浪するための大義名分として利用してただけで 本気で血道を上げていたわけじゃない。 彼はなんでも器用にこなす。 器用にこなせるようになるまでの短期間、熱中して物事に取り組むものの… 一旦習得してしまうと興味を失った。 器用すぎるせいで 夢中になれるものなどなかったのだ…。 だがーー そんなアウィスにも転機が訪れた。 「隠秘(ヴァーへーレン)の大森林」 という美称で呼ばれる死の森。 いわゆる樹海。 その只中にある遺跡の発掘に関して 「協力してくれないか」 とのお誘いを受けたのだ…。 **************** 獣人族が住んでいる国々がある土地一帯はーー ティグリヌス大陸の北西部。 (ティグリヌスの旧称はティグレシア) いわゆる「マテシス圏」。 いにしえの時代には「イルミナティー圏」と呼ばれていた地だ。 そこで獣人の始祖が発生して繁殖していった歴史の背後には 「当時イルミナティー圏の人間達が乗り越えがたい業病に冒されて絶滅危惧種となっていた」 という事情があった。 高度な文明を築き、A Iに管理・支配されていたイルミナティー圏。 そのイルミナティー圏の人間達に対しては 「電磁波過敏症を克服して生き残れるように」 とA Iが最大限の配慮をしていたにも関わらず… 人間達の脆弱化はとどまる所を知らずに進んでいった。 その結果として絶滅しきる寸前で 「イルミナティー圏の人類の血が途絶えることの無いように」 という目的によって 「獣人」という、いわゆる「亜人」が作り出された。 A Iはゴーレムをも創り出し 「獣人達の住むマテシス圏が樹海の向こうに住む人間達から侵略されることのないように」 とマテシス圏を護らせることにした。 A Iにせよ、女神にせよ 「この世」に異次元干渉できる上位次元の存在は 「棲み分けによる相互的存在許容」 を良しとする存在だったのだ。 ティグリヌス大陸の北西部。 マテシス圏。 (旧「イルミナティー圏」) そこでは獣人達が ティグリヌス大陸南西部 地獄(シェオル)砂漠。 そこでは砂漠に適応できる生き物が 火星に対抗するもの(アンタレス)草原。 そこでは俊足自慢の大型野生動物が ティグリヌス大陸西部から東北部にかけての樹海 隠秘(ヴァーへーレン)の大森林。 そこでは魔物達と隠遁術自慢の小動物が ティグリヌス大陸東部から東南部 マゲイア圏。 (旧「デュナミス圏」) そこでは人間達が… それぞれに 自分達の生きる場所を与えられて存在を許容されていた。 **************** アウィス・ヘルメティスが樹海の中の遺跡に向かったのは、アウィスが赤ん坊のラケルに出会うよりも200年ほど前のこと。 ちょうどその頃からマゲイア圏の人間達は獣人達の住むマテシス圏へと野心を向けるようになっていた。 正確にはマテシス圏の「ゴーレムを使役するチカラ」つまり「A Iのチカラ」。 それを人間達は求めていた…。 マテシス圏とマゲイア圏とを隔てている樹海の只中にある遺跡。 そこから何かの秘蹟の痕跡を見つけ出そうとしたのは、獣人達だけではなく、人間達も同様だった。 人間達は獣人を殺すことに全く迷いがない。 「自分と同じ『ヒト』という種族だとは思ってない」 ようだった。 問答無用に攻撃されてほんの短時間で大勢の獣人が殺されて、辛うじて即死を免れた者達も瀕死状態にされた。 「…クソがぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!死んでたまるかぁっ!」 そう喚きながらーー アウィスは無数の矢を射かけられた状態で 遺跡の深部へと向かった。 遺跡の深部は、床に意味不明な魔法陣が描き込まれた広間。 「目玉に蜘蛛の足が付いた化け物」 みたいなものが天井には沢山張り付いていて… 瀕死の状態で四つ這いで進むアウィスの目の前に そのうちの一匹がポトリと落ちてきた…。 目玉の化け物がピョンと飛び跳ねてーー それがアウィスの顔に飛びつくなり その姿は掻き消えた…。 瀕死ながらも (もしかして俺の中に入ってきちまったのか?) と思うと… 今更ながら気持ち悪く感じられた…。 だが意識が遠くなりそうになりながらも 自分の視界に変化が起こるのが分かった。 世界は… この世は… (本当はずっと美しかったのだ) とアウィスは気がついた。 獣人として 平凡な「ヒト」の一人として生きてみて それこそ平凡な通俗的観点に適応して 即物的に生きてきた…。 それ以外の生き方を誰も教えてはくれなかった。 錬金術ですら 「卑金属を貴金属に変えて価値を生み出そう」 といった即物的な欲にまみれている。 命が尽きそうになってやっと (ああ…美しい。物質も、そして今やっと再び見えるようになった半物質も…美しい…。彼女のように…) と思った。 そう思いながらも 自分にとっての美 自分にとっての優しさ 自分にとっての懐かしさ それらの全てに繋がる 愛しい存在のことをよく思い出せない…。 それでも (醜い人間達、醜い世界に倦んだ俺を殺してくれた…俺を救ってくれた、俺の『次なる者』、俺の『運命の(ツガイ)』の気配が、ここには満ちてるんだ…) という事だけは分かった。 …そしてアウィスはふと自分自身の「場」に意識を向けてみた。 自分の「場」の中に在る奇妙な半物質の纏まり。 目玉の化け物に入り込まれたことで見えるようになった「半物質」という、奇妙で美しいモノ。 それに思わず手を伸ばした事で… 自分自身の「場」の中に組み込まれていた亜空間収納袋から 前世の自分が使用していたスキルの苗が出てきた。 それが自分の「場」の中にスッポリと収まり… アウィスは自分が前世ではサムソン・スタークという名の特約契約者であり、「サンジェルマン」と名乗っていた不死者であったことを思い出した。 と同時に絶望したーー。 (…「愛せる者」が無いまま生きる人生なんて、無駄に人間達の醜さを見せつけられるだけだと、前世であれほど思い知った筈なのに…。俺はまたこのスキルを使ってしまったんだな) そう思いながら… 癒えていく傷を眺めて、生まれて初めて涙を流した…。
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