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交渉相手
師匠の姿が掻き消えて呆気に取られていると…
「あの獣人、この小屋に在るもの全てお前に残すと言っていたな…。それだと『交渉相手』はあの獣人じゃなくて、『お前』ということになるな」
とローレンス・グリフレットが話しかけてきたが
私は猿人と口を聞く気にもなれず
「…ほんとに行っちゃったんだ…。師匠…」
と呟き、師匠が私用のバッグに纏めてくれていた荷物を見やった…。
身の回りの品が一式詰め込んである…。
(…そう言えば、亜空間収納庫の小箱に関しては「誰にも言うな」って、口を酸っぱくして言ってた癖に、この猿人達の前ではフツーに話してたよな…)
と気がついた。
小さな小箱から、その外観に見合わない大きさや量の荷物が出てくるのを目にすれば、他人はおかしな気を起こす。
だから亜空間収納庫を目の前で使うのも
持ってると教えるのも
「信用できる相手だけにしておけ」
と師匠は言ってた。
だけどそれだと師匠はこの猿人達を信用したみたいに思える…。
この猿人達の前でフツーに亜空間収納庫の話をしていた。
師匠は「読心術」というものを使って
他人の考えを読んだり
他人の悪意を察知する名人だった。
そうした事実を勘定に入れると
(剣を持ってて、身体も大きい筋肉オバケみたいな雄達なのに…師匠は、この連中をずいぶんと信用したんだな…)
ということが分かった。
改めて猿人達の姿をマジマジと見詰めてしまい
ローレンスと目が合うと…
ローレンスは何故か顔を赤らめて
「ジロジロ見るな」
と仏頂面した。
改めて見てみるとジョナスもコナンも大柄。
ローレンスもゴツくて大きかった。
(筋肉オバケのゴリラみたいだ…)
と思いながら
「…『交渉』って、この小屋に在るものの中から何か欲しいものがあるってこと?」
と気になったことを尋ねると
「縄を解いてやれ」
とローレンスがジョナスに声をかけたので、ジョナスは私の手首を縛っていた縄を解いた。
(まぁ、先ずは傷薬が必要なんだろうな…)
と思いながら、消毒薬と軟膏と飲み薬を用意した。
「…『交渉』より先に手当てが必要だよね?」
と声をかけるとローレンスがうなずいて
ジョナスとコナンは
((えっ?怪我してたの?))
と今になってローレンスの怪我に気づいたようだった。
「…俺が怪我するのがそんなに意外か?」
とローレンスが訊くと
「ええ、そりゃあ」
「戦闘でもいつも一方的に殺るだけだし、副団長が怪我したのって初めて見ました」
とのこと。
「…まさかこんな死の森の真っ只中にヒトが住んでて獲物を取るために罠が仕掛けられてるだなんて全く思ってなかったからな。
…あまりにも想定外だと、罠なんかも案外避けられないもんだなって思っちまったよ。少々己れの不用心さに呆れながらな…」
「…そうなんですね…」
「…でも副団長のブーツって魔物の皮を使ったもので大抵の攻撃は通らない筈ですよね…」
「…ずいぶんと巧妙なところに仕掛けてあったし、罠の歯も鋭かった。素材が普通の金属とは違うようだったな」
猿人達の会話を聞きながら
「虫型魔物から採れる素材の中には鉱物に似た成分が含まれてるんで、鉄と混ぜ合わせる事で鋼鉄にすることができるんだよ」
と教えてあげながら、怪我をしてる足を消毒液で洗って軟膏を塗ってあげた。
包帯を巻きながら
「だから野生動物が掛かると足が千切れるくらいの怪我になるし、魔物でさえも無事じゃ済まない」
と言うと
「そういった魔物から採れる素材の具体的な使い方や魔物から採れる素材を混ぜる比率とか、お前、どの程度詳しいんだ?」
とローレンスが興味津々といった様子で訊いてきたので
「うん。忘れてる分もあるけど、師匠が作った道具や薬の作り方は一通り学んでるし、教わった時にメモも取ってる。
それなりに詳しいほうなんじゃないかな?もちろん師匠は獣人だから獣人族の基準でのものだけどね」
と正直に答えた。
「そうか…。お前…あ、いや、レイチェル。お前は今後は辺境の近くの街に住んで、魔物の素材や薬草を仕入れて、道具や薬を作る気で居るのか?」
「できればそうしたいけど。身寄りの無い者が入り込んで暮らして行けるものなの?
師匠は私用の荷物の中に『人間達が使ってるオカネ』を入れてくれてるみたいだけど、本当に使えるものなのかも、実際に使ってみないと分からないし…」
「まぁ、そう言われればそうだな。商売をするにも元手となる資金が要るし、ギルドに加入して出店資格を得なきゃならない。
取り扱う商品によっては安全性の保証がないと売れない、作れないものも多い。
薬品や化粧品なんかも作るにも売るにも国家試験を通過する必要がある。
しかも国家試験の受験にすら身元が保証されてないと受けられない。
薬のほうはお前自身がプライベート用に自分が使うために作るだけ、といった形でしか作れない可能性が高いだろうな。
獣人の師から学んだ獣人側の薬学知識など『認めない』と思う人間も多いからな…」
「そうなんだね…」
「…だからという面もあるが…この小屋にある道具で、俺達が欲しいと思う物があれば、買わせてもらいたいんだが…。良いだろうか?」
「…オカネ、ちゃんと払ってくれるんだよね?買い叩いたりせずに」
「もちろん」
「うん。それなら買って欲しい…。だけど売るのは加工製品の道具だけ。道具を作る加工用の工具や器具は売らない。私が身を立てていくための商売道具だからね」
と私が条件付きで了承すると
ローレンスが
「よし、そうと決まれば…。ジョナス。狼煙を上げて残りの仲間を出来るだけ集めてくれ。
ちょっと鑑定しただけでも判ると思うが…あのリス野郎、かなり器用なヤツだったってことだろうな。
この小屋に在るモノは刃物にしてもかなりの出来だ。『欲しい』ってヤツは多い筈だ」
とジョナスに声をかけた。
ジョナスが指示された通りに仲間を呼び集めると
筋肉オバケの猿人族の雄ゴリラ達が五人小屋に集まった。
「パトリック達に荷車の荷物の番をさせてますが…修理に使えそうな材料でも見つかったんですか?」
と一人が怖怖といった様子で顔を覗かせた。
「ああ、この小屋にも荷車があるからな。小型だが俺達の荷車の車軸パーツに使えそうな部品をもらうことになってる」
「それじゃ、早速、部品を運んで修理に取り掛かります」
「ああ、そうしてくれ。あと、荷車の修理に役に立たないヤツは小屋の道具を鑑定して物色してくれ。見た目が平凡な道具でも鑑定してみると意外に掘り出し物が多いんだ」
ローレンスに言われて猿人達が道具にジッと目を凝らしてから
(おやっ)
というような表情になって興味津々に道具をいじり出した。
「鑑定」というものが何なのかは判らないけど…
道具の良し悪しを偏見抜きで評価する基準のようなモノがこの猿人達の中に共通して存在してるようだった。
しばらく経ってから
「これだけ買う」
というものと
「持ち合わせがないから後日買う」
というものを分けて寄せてくれた。
なので「後日買う」と指定された商品を一つづつ麻袋に包んだ。
猿人達が引き上げた後で亜空間収納庫に収納しようと思ったのだ。
ローレンスは私の考えを読んだみたいに先に仲間を引き上げさせたので
(この人も師匠みたいに相手の心が読める?ということなのかな?)
と思いながら、その配慮に甘えることにした…。
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