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幼馴染との距離
週末の夕方になるとラリーが寮まで迎えに来る。
なので週末はデイビス伯爵家の別棟の私達用の部屋で過ごす事になる。
今日もラリーが迎えに来てくれていた。
ラリーの姿を見かけたダイアナが
「相変わらずローレンスさんはレイチェル一筋みたいね」
と声をかけたところ
「…ダイアナ嬢は相変わらずガリ勉するのが好きなのか?」
とラリーは素朴な質問をした。
「勉強は好きよ。活字の世界だと、そこにどんな人間ドラマがあっても『苦しめられてる当事者』じゃないから、物事を客観的に見られるでしょう?まるで公平な第三者になったみたいな気分で。
勿論、鑑賞者であり観察者である自分にも人生があって好き嫌いがあるから公平な第三者になるなんて無理なんだけどね。
『気分だけでも客観性を味わおう』と思った場合には自分の人生の中の煩わしい人間関係に埋没するより、活字がもたらしてくれる抽象世界や自分と無関係の過去の人間ドラマへと埋没するに限るわ。楽しいしね」
とダイアナが厭世主義的な本音を漏らした。
「ラリー、お待たせ」
と私が声を掛けると
「全く、まだ15なのに新婚夫婦みたいに熱々なのね。結婚はいつするの?学園を卒業してから?」
とダイアナに訊かれ
思わずラリーに目をやった。
(…そういえば結婚はいつするんだろう?)
と思ったのだ。
「伯爵からの言いつけで、レイチェルが卒業するまで待つように言われてる…」
とラリーが渋そうな顔をした事で一応意向表明して打診はしてくれてたのだと分かった。
「ダイアナさんは婚約者とかは居ないの?」
と尋ねると
「…う〜ん。ウチの家で暮らしてるエイモスさんが『婚約したい』って言ってくれてるらしくて男爵様と父様は乗り気らしいけど…。
母様のほうはもっと歳の近い人に縁付かせたかったみたいで渋ってるんだって」
と他人事のような言い方の返事が返ってきた。
「…えっと。ダイアナさんはどうしたいの?エイモスさんで良いの?それとも歳の近い人が良いの?」
と具体的に訊いてみると
「…以前は何とも思って無かったけど、今は歳が近い人は嫌だわ。…この学園の男子を見ても幼稚で陰湿でしょう?
…多分マゴットの件がなかったら、少しは夢くらい見れたかも知れないけど。
みんなで容赦なしに孤児の特待生を虐めて退学まで追い込んで、まるで危険な悪党を断罪した英雄気取りで自分達を誇ってるみたいだし。
ああいうのを見てしまうと…若い男子は未熟で残酷に思えるし、関わりたくないわ」
と答えてくれた。
「それじゃエイモスさんと婚約するの?」
「多分ね。…でも同じ家で暮らしてた割に、私は彼の事をあまり知らないのよね…。図書室で顔を合わせる事はあったから読書好きって事なんでしょうけど。あまり話した事もないし」
「…私が見る限りではエイモスさんは図書室で読書はしてなくて、読書してるダイアナさんを眺めてただけだと思うな…。読書とか勉強とかしないタイプの人に思えるよ…」
「…そうだな。エイモスの趣味は筋トレだから、ダイアナ嬢が結婚相手に知性を求めているとしたらガッカリするかも知れない」
「…私は…。結婚相手には知性よりも人間性を求めたいと思ってるの。寄ってたかって弱い者虐めして、それを恥じるでもなく誇るような、そんな男性だけは結婚相手として絶対無理だと思うの」
「その点なら大丈夫だろうな。エイモスは結構単細胞だから卑怯さを賢さだと錯覚するような倒錯した感性には染まれない筈だ。
むしろこの学園の生徒のように頭の良い連中のほうが卑怯さを誇るような倒錯性に堕ちやすいんじゃないのか?複雑さを拗らせて」
「…かも知れないわね。単純で筋トレが趣味で騎士団で剣振り回してるだけの人のほうが一緒にいて気が楽なのかも知れない…」
ダイアナが表情を曇らせてそう呟いたので
思わず読心したら…
(ケヴィン…あんな人だったなんて、見損なってたわ…)
といった落胆の声が聞こえた…。
…ケヴィンて同じクラスのケヴィン・シーワードの事だろうか?
と疑問に思ったが…
ここではあえてツッコミはいれずに
「…良いご縁があると良いわね。それではダイアナさん。私達はこれで」
と告げてラリーを伴って退散する事にした…。
****************
ラリーと二人きりになると直ぐにウズウズしてきて
「ケヴィン・シーワードってダイアナさんと面識があったの?」
と訊いてみたら
「シーワード家は彼女の家からそう遠くない場所にある。度々子供同士を遊ばせるために親同士が子連れで行き来してたからケヴィンとダイアナは幼馴染に当たる筈だ」
との事だった。
なるほど。
(ダイアナの母親はダイアナがケヴィンを好きかも知れないと気を使ってエイモスとの婚約話に反対してるのか…)
と分かった。
侯爵を始めとするこの派閥の上の者達がレジナルドみたいなクズを野放しにし続けるか否かは、ダイアナのような末端の人間の結婚問題にも関係してくるのだろう。
レジナルドへと厳しい処罰がくだれば、嬉々としてマゴット虐めに関わりマゴット虐めを肯定していた者達も
「(優秀な庶民の才能の芽を摘むような国益損失に繋がる行為は)本当はやってはいけない事だった」
と理解できるようになる。
ケヴィンも含めて
「反省し、今後は嗜虐心を使うことに慎重になる」
可能性が高い。
そうなるとダイアナはエイモスではなくケヴィンを選ぶ。
逆に上の者達がレジナルドに対して
「お咎めなし」もしくは
「反省を促さない形だけの軽い遺憾表明だけで済ます」と…
レジナルドは今後もさらに調子に乗って
周りの者達も圧倒的多数が改心できない。
その場合はダイアナはケヴィンに愛想を尽かせたままになりエイモスを選ぶ。
こういった「上の者達の選択が下の者達の人生に作用する」という連動は確かに存在しているのに…
不思議とその渦中にある者達や、そうやって下の者達を振り回してる上の者達はその図式を理解できない。
何かしらの現象が起きて選択が起こる。
その度に全体像が「可逆性を失いながら特化へ向かう」のだ…。
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