情報世界

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79fa5b2c-f222-4659-bc5d-e3844ed2b70f 連絡係のワイリーという男は結構性格が悪い。 連絡係は色んな所へと顔を出して色んな情報を運び役柄上、対人関係の鍵となる他人の弱みやら人間性の歪みやらもアレコレと知るポジションにある。 そのせいでシニカルになっていく面もあるのだろうが… いちいち「思わせぶり」な言葉を漏らしてくる。 例えばーー 私の髪の色について。 「お前の髪のような明るい赤銅色はユーベルヴェグ族のとある一族に見られる特徴だ」 とか 「その一族の没落後の生き残りを知ってる」 とか そういった事をいちいち仄めかして興味を惹こうとしてくる…。 (何を意図してそんな事を言ってくるんだろう?) と思いながら… ワイリーの潜在的記憶の中から関連事項の記憶を読んでみた。 すると子供時分からワイリーを可愛がり目をかけてくれた祖父の姿が浮かんだ。 ワイリーが祖父から言い聞かせられた読心術師の心得に関する話が読み出された。 「いいか、ワイリー。他人を読心する時には上面に惑わされるな。他人を読心する際には本質を見ろ。 先ずは相手の脅威度に関して着目しろ。相手が自分にとって脅威になるか否かを測らなければならない。 それには『相手がどこに自分のアイデンティティを置いているのか』といった潜在的な利害関係を知らなければならない。 例えば既存の社会体制を否定する政治的革新派(左派)には大雑把には二種類居る。 平等やら自由やらといった見せかけの綺麗事に本気で心酔してるバカと、バカを踊らせて既存の既得権益図を改造し自分が既得権益層に喰らい込もうとする即物主義者がいる。 自分のアイデンティティを思想(イデオロギー)などといった実体のない所に注ぐ連中は『即物主義者に操られる駒に成り下がる』事を自分自身で選んでるから盲目的だ。 盲目的なヤツらは笛の音に操られて川へ飛び込み溺死するネズミのようなモノにもなればバッコスの信女のような凶悪な狂信者にもなる。 盲目的なバカは悪意の矛先さえも操られながら、それすら自覚できないほどにバカなんだからな。その手のバカに足元を掬われないように用心しろよ。 他人がバカかどうかを知る目安として、相手のアイデンティティの在り方を探るべく相手の抱えている悲劇を刺激してやれ。 『可哀想に』と憐れむフリをして、ソイツが如何に可哀想な人間であるのかを自覚できるように扇情的なネタをちらつかせてやるんだ。 その手のネタに釣られて自分を憐み、差別の当たり屋さながらに感情的になる連中は『踊らされる側のバカ』だ。 逆にコッチが仕掛けてる扇情的なネタの釣り針に疑問を向けてくるようなヤツは『踊らせる側』の人間だ。 『踊らせる側』の人間が即物主義かどうかは判らないが、即物主義者なら必ず『人間を駒として使うチェス』のようなモノをやり始める。 そういったマネーゲーム・権力ゲームをやりたがる人間にくみする場合は、ちゃんと『勝ち続けられるプレイヤー』の下に着くようにしろよ? じゃないなら情報(インテリジェンス)の世界になど立ち入らないほうが良い。切り捨て可能なトカゲの尻尾みたいなモノにさせられない為にも賢く立ち回らなきゃな?」 そういった祖父の言いつけを守ってーー ワイリーは用心深く他人を値踏みするべく 「悲劇を刺激」 するような仄めかしを聞かせてきていたのだろう…。 ワイリーの祖父に言わせるならーー ワイリーの仄めかしに疑問を持った私は『踊らせる側』の人間という事になるのだろうが… あいにくと私は即物主義者じゃない。 人間を使ったチェスなど楽しむ気もないし そんなゲームの駒として踊らされてやる気もない。 ワイリーを読心してる私をワイリーが読心したなら ワイリーは「自分の手口がバレた」と多少慌てるべきだと思うのだが… ワイリーはどこまでも太々しくて 口元を歪ませて楽しそうに笑っただけだった。 (無駄に複雑化して性格が歪んでるんだろうなぁ) と感じてしまう。 レジナルドのようなクズとも違うものの… トコトン好きになれない可愛げの無いタイプの男だと思った。 **************** 校医のユリシーズ・ワイマンが「今すぐ毒物を特定してくれ」と言ってきた。 学園の男子生徒が毒を摂取して倒れたらしい。 (…私はミュリエル様の護衛なので無関係の男子生徒なんぞのために働く義理は無いんだけどね) と思いながらも ミュリエル様に 「くれぐれも私が居ない間に飲食物を摂らないようにお願いします。男子生徒の毒摂取自体が私をミュリエル様から引き離す罠かも知れませんからね」 と言い置いてから保健室に向かった。 毒物を嘔吐させる措置はすぐさま取って居たらしく… ベッド傍に吐瀉物の吐かれた桶が置かれて生徒がグッタリして青ざめた顔色で死んだように寝ていた…。 「…ワイマン先生。吐かせたのなら一先ずは安心なんじゃ無いですか?…それに学園側からもお聞きお呼びでしょうが私はミュリエル歳の護衛なんで他の一般生徒に対して救命活動を行なってミュリエル様の元から離れるのは契約違反になるんですよ。長居は出来ませんので要件は手短かに指示してください。とっとと済ませて戻りますんで」 とワイマンの顔を見るなり言ってやった。 「…仕事以外では救命活動は一切する気がないと?…お前の本性が判る発言だな。…まぁ良い。とにかく、この吐瀉物からこの生徒が摂取させられた毒物を特定して欲しい」 とワイマンが嫌味を投げつけながら端的に指示したので口論する暇も惜しいと思って鑑定能力を起動してみた。 毒物はいわゆるソラニン。 おそらく中毒事故で毒を漏られたという事件性は無いのでは無いかと思った。 「…吐瀉物に含まれる毒物はソラニンですね。ジャガイモでも食べ過ぎて中毒症状を起こしたって所なんじゃ無いですか? 嘔吐させたのは正解でしたね。後は下剤も与えて体内から毒物を排出させるべきでしょうね。 炭酸ガスを発生させる坐薬でも挿れておいてオムツでもしておいてやれば回復も早くなると思いますが…。 そういう措置をされた事が他の生徒にバレてイジメの原因になりそうなら、当人が目を覚ましてから内服薬の下剤を飲ませた方が良いんでしょうね。 ここはあくまでも学園内の保健室ですから」 「…そうか。…なら、措置は当人が目を覚ましてからという事になりそうだな…。だが目を覚ますんだろうな?鑑定してみても随分と生命力系の数値が削られてるぞ?」 「…そりゃぁ、中毒症状を起こした後なんだから生命力も衰えますよ。…気になるんなら生命力系の数値を回復させるポーション系の薬を上げておきましょうか? ワイマン先生が寝てる患者に口移しやらで何とかして飲ませてやれるというのなら、ちゃんと生命力系ステータス値も回復してくれると思いますよ?」 「…なんでそこで『口移し』が出るんだ…」 「この【世界】の医療技術や医療対応について私は詳しくありません。意識のない患者に薬を飲ませる方法にどういったモノがあるのか知りませんので」 「…そうか。普通に身体を起こしてやって顔を上向きにさせて吸口付きのカップで少量ずつ口に流し込んでやる事になる」 「…それならサッサと済ませましょうか。先生は吸口付きのカップを用意してから、その患者の身体を起こして顔を上向きにさせてください。 私はその間にポーション系の薬を調合しますから」 「分かった…」 私は早速、亜空間収納庫である小箱を制服の隠し(ポケット)から取り出して、その亜空間収納庫からポーションの材料となるドライハーブを出した。 基本的に材料の持つ生命力を摂取者側の生命力へと転換させるには、元々の材料の側にあった「異物への悪意」を削ってやらなければならない。 いわゆる「調伏」行為ーー。 黒曜石製小刀(アサメイ)を使って 「物質的にも半物質的にも刻む」 ことがそうした調伏行為に該当する。 調伏によって人間は 「他の生命の持つ存在性の作用」 (今回の場合は生命力の強さ) を自分達の役に立てる事ができるのだ。 このシンプルな原理を知らない人達はそれを知る者達と同じ事をしてみても同じ結果は出せない。 細かく刻んで粉末状にしたドライハーブ。 それを塩と共に葡萄酒に加えた。 「…お前が刻んでた植物が毒草に見えたんだが…本当に大丈夫なのか?」 とワイマンが不安そうな顔をしたので 「ええ、まぁ。そう言うかも知れないと思って私の分も作ったんで、先に飲んでみますね。先生は私を鑑定して生命力系の数値が上がるかどうか観察しててください」 と言ってやった。 ヘンルーダはワイマンが言うように毒性があるが、生き物の毒性はあくまでも外敵から身を守るためのもの。 そういった毒性の作用も調伏によって生命力へと変換可能となる。 勿論、錬金術師じゃない人間が真似をしても毒性は消せない。 毒性を生命力として活用可能にできる事が錬金術師が錬金術師である証明にもなる。 私がポーションを飲んでみて生命力系の数値が上がるのを確認したワイマンが 「…毒草でポーションが作れるのか?」 と呆れたように呟いたので 「誰にでも作れる訳じゃないので真似しようとは思わないでくださいね」 と釘を刺しておいた。 それから患者の口へと少量ずつ吸口付きカップで流し込んだ。 口の端からこぼれ落ちそうになるのを、口の端を押さえてキャッチ。 嚥下・口呼吸を促すべく鼻も押さえてやるとやっと飲み込んでくれた。 それを何度か繰り返すとーー 患者の生命力系の数値がずいぶん回復して顔色も良くなったので 「もう大丈夫でしょう。後は目を覚ましてから下剤を与えてください」 と言い残して保健室を後にした。 ただの中毒事故で誰かが仕組んだ可能性は低いにしても私がミュリエル様から目を離した隙に何かあれば面倒な事になるのは分かりきってる。 教室に戻るとミュリエル様はおらず… 「ウザイお目付役の監視」 から逃れるべくどこかに隠れたらしかった。 護衛される側の人間が非協力的な護衛任務というのは 結構ストレスになるものだと、しみじみ思った…。
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