12人が本棚に入れています
本棚に追加
外科手術的脱洗脳技術
(全面抗争ねぇ?…別に起こって良いんじゃない?極力大衆を巻き込まない形で。貴族同士が揉めて雌雄を決したほうが平民も重複した搾取に疲弊させられる事も無くなって暮らしやすくなるんじゃないの?)
と何気にサムい心持ちが起きた。
ラリーは全面抗争による闇討ち報復の矢面に立たされ続けて生き残った男だ。
…全面抗争のリスクを平民の特約契約者に背負わせる時には平気で全面抗争の引き金を引かせたクセに…
全面抗争のリスクが貴族に降りかかる時には過剰に全面抗争を怖れるというのは…
(ズルいんじゃない?)
と思ってしまうのだ。
私がそう思ったのが伝わったらしくてワイマンが更に顔をしかめて
「…ともかく俺も学園側の教職員一同はお前を退学させない方向で話を進めるつもりだ。お前は不服だろうがな。
…それでもクリストファロス侯爵派がお前に対する処分を強要してきた時には…小康状態だった派閥間関係がどうなるのかサッパリ見当が付かなくなるからな。お前もデイビス伯爵家で安泰に暮らせるなどとは思うなよ」
と宣うた。
(…なんだかなぁ。…やたらと依存的なクセに偉そうなんだよな、この学園の人達って…)
と思いつつ
「とにかく、退学処分になった場合のために寮に戻って荷物を纏めておく事にします」
と言って保健室を出た。
そこでダイアナ、カリーナ、ジューンの三人にバッタリ会った。
偶然とは思えないので私が出てくるのを待ってたのだろう…。
「…レイチェル。…退学させられるの?」
とダイアナに訊かれて
「私には分からないんです」
と答えたら
「…その。…レイチェルが来る前は私達がミュリエル様の『毒見役』をやってたけど、そんなに危機感なんて持って無かったの。…だけど、今はなんだか怖いわ…」
とカリーナが不安そうな顔で告げた。
「…飲食物を口に含んでから直ぐに飲み込むのは良くないです。舌に痺れや刺激が起きたら直ぐに吐き出してみる事。
微量でも具合が悪くなった場合には、吐き出したモノを厨房の上級鑑定師に鑑定してもらってください。
既存の毒物に対しての解毒剤は一通り作ってますから、退学の際は一通り保健室に残していきます。
ちゃんと用心してれば死ぬ事はありません。くれぐれも気をつけて」
と私がアドバイスすると
「私達はレイチェルみたいに逞しく生きられない人種みたい…」
とジューンが泣きそうな顔で呟いた…。
****************
クリストファロス侯爵派とラムスプリング侯爵派が「小康状態」というのは私には嘘くさく思える…。
案の定ーー
ハードキャッスル伯爵家からもクリストファロス侯爵派全体からも私に対する批判が学園に寄せられて、学園側は私に対して「退学処分」を言い渡した。
****************
デイビス伯爵家に戻るとご主人様と奥様が
「当人の口から事情を聞きたい」
と言って私を書斎に呼び出した。
書斎に入ると
ご主人様ーーデイビス伯爵ことブライアン・アーヴィング。
奥様ーーデイビス伯爵夫人テンペランス。
その他は
ブライアンの弟のファレル。
デビッドソン男爵の弟(補佐役)のエヴァン・グリフレット。
潜在的記憶まで読める連絡係のドワイト・スノーデン。
その五人が集まっていた。
私は五人もの人間から読心されながら事情聴取される事になったのだ…。
だけど別にやましい事はない。
フツーに出来事もアラスターを読心して知った情報についても
アラスターの契約有効化スキルを取り上げた事も話した。
アラスター本人が知ったら私に報復を考えるかも知れないけど…
そもそも殺人未遂をやらかしておいて反省もせずに
殺そうとした標的に対して逆恨みするとしたら
どう考えてもアラスターの側が悪い。
アラスターからスキルを取り上げた事に関しては迷惑料みたいなモノ。
アラスターがその後困ったとしても私は全く悪くない。
そうして話を終えてみるとーー
私の話を聞いた人達が考えたことは
アラスターが悪いとか私が悪いとかではなかった。
五人の意識に引っかかったのは
「暗示・契約有効化スキルの悪用で不自然なくらいに皆の中でクリストファロス侯爵派への敵意が封じられていた」
という学園内での現象についてだった。
「…そんな事があり得るのか」
と目から鱗が落ちたような衝撃の後に
「クリストファロス侯爵派のズル賢さに対してどこか甘く見ていたのではないか?」
と過去に関する回想が各々の中で起きていた。
ラムスプリング侯爵派のみならず
コンフォース国内の権力自体が
「クリストファロス侯爵派に対して異様に甘い処罰しかしていない」
という現実がある。
その背後には
「アラスターのような暗示・洗脳術師の暗躍があるのではないか?」
という疑いが改めて起こったという事らしかった。
「…暗示・洗脳を施した特約契約者から契約有効化スキルを取り上げると効果が消えるのだとすると…。
そういった『スキル切除技術』は『外科手術的な脱洗脳技術』という事になるな…。
お前に言わせると『半物質が見えない事にはスキルを形成してる半物質体に干渉はできない』んだな?
逆に言えば『半物質が見える視覚』の持ち主は訓練次第で『スキル切除』ができるようになるんだよな?」
とご主人様が私の目を射抜くように鋭い眼光で尋ねた。
「はい、多分」
と私が答えると
「変な光の粒子が舞ってるような感じで物が見える事がある人間ならアーヴィング家の中にもいた筈だわ。
『変わり者』と思われてるし、当人もそういった視覚が何の役に立つ訳でもないからと気にも留めないでいるみたいなんだけど…」
と奥様が言い出した。
「…半物質が見える視覚は罠とかが張られてる所を識別するのにも役立つので、ただの『変わり者』ってだけじゃないです。
ラリーが罠を見つけるのが上手いのも直感とかいう曖昧なモノによってではありません。
ラリーは説明が下手だし、自分に見えてるモノが半物質だという事にも気づいてなかったみたいですが…。
ラリーがどんな巧妙な不意打ちを受けても回避できるのは半物質が見える視覚と、それと連動した反射神経のおかげなんです」
私が改めて半物質が見える視覚の有効性を解くと
「…急いで『変わり者』達を集めるようにしなければな…」
とエヴァンが呻くように呟き
「そのようにアーチボルド様にも(ラムスプリング侯爵にも)進言したほうが良さそうですね」
とドワイトが頷いた…。
最初のコメントを投稿しよう!