鬱と感覚次元拡張現象

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鬱と感覚次元拡張現象

4b96ee50-5bd3-41b8-b436-67f50e1a099d ゴーレムは不死身だと思われている。 「ゴーレムの額の刻印の『EMETH(真理)』から『E』を消して『METH(死)』へと変えてやれば機能停止する筈だ」 という伝承に従って刻印から「E」を消してみてもフツーに動き続ける。 機能停止させるには「半物質が見える」必要があるし 「物理的に『E』を消す時にエネルギー源との接続も切断してやらなければならない」 という事を理解していなければならない。 半物質が見えない人達にとっての必然…。 それによって連合軍のマレシス圏への侵攻で多くの命が失われたーー。 侵攻を諦めて逃げ帰るのは 「連合軍の兵士の数が出発時の半数を切ってから」 と予め決められていたため… 過半数が死ななければ退却できない状態…。 連合軍には特約契約者の騎士達も参戦させられていたが 「可能な限り自国の兵の犠牲は最小に抑えよ」 (死ぬべき運命は他国の兵になすりつけよ) という密命を受けていた。 (シュティルナー国以外では) 鬼子母神という鬼は千人もの我が子を養い慈しむ一方で 人間の子供達を容赦なく餌食にして喰らう鬼であった…。 マテシス圏への侵攻で自国兵だけを生き残らせて、それ以外の兵士達は死なせつつ、過半数の死者が出るのを待つ。 密命に従って、そんな非人道な大量戦死誘導を行った騎士達の幾人かが帰国後PTSD(心的外傷後ストレス障害)を患っている事が分かった。 …人間が鬼子母神のような「ダブルスタンダードな命の選別」を行うよう密命によって強要され、それを実行したのだ。 頭で理屈を捏ねたり想像するよりも 実際に鬼のダブルスタンダードを執行する事は精神的打撃を伴う。 生命を断たれた者達の絶望と無念さの怨念に憑かれるからだ。 「同じ人間の筈なのに…」 という想いからくる怨念との絆。 それは決して断つことはできない…。 **************** アーヴィング家の特約契約者で半物質が見える者は シンディーとデリック。 シンディーは子供の頃から見えてた変わり者。 デリックはマテシス圏への侵攻からの退却途中で目玉の化け物に憑かれて見えるようになったばかりの騎士。 樹海の中には魔物が寄り付けない結界の張られた「至聖所」と呼ばれる場所がある。 そうした至聖所の一つに「女神の至聖所」がある。 大きな湖の中の小島に建つ神殿のような石造りの建物。 そこでデリックは精神的に打撃を受け、そして目玉の化け物に憑かれた…。 もちろん女神の至聖所に着いた当初はデリックは目玉の化け物の姿など見えなかった。 だがそこで敗走兵達皆で一夜を明かしてみるとーー 翌朝には沢山の水死体が浮かんでいた。 水を吸って膨張した沢山の水死体…。 魔物は寄り付けない筈なのに 夜の間に魔物の襲撃があったのかと訝しんだ。 水死している者達の身元は 皆が皆、シュティルナー人だった…。 シュティルナー国にはーー 残酷な言い伝えがある。 「樹海の祭壇に赤ん坊や幼児を供えると、神々が従者・侍女として、供えられた子を引き取ってくれる」 という生け贄正当化の言い伝え…。 食わせていけない子を 「奴隷商人に売るよりはいっそ…」 と樹海に捨てて魔物の餌にさせる子殺しの正当化…。 『神々の慰問』と名付けられた間引きの正当化…。 その他にも 「女神の至聖所を取り囲む湖で自死し、女神にその身を捧げた者達は人智を超えた叡智を賜り、そのうちの誰かがいずれ守護者(ジェニウス)として受肉し、残された同胞達を苦難から救うのだ」 という自殺推奨の言い伝えがあるのだそうだ…。 …連合軍はシュティルナー国からの派兵が最も多く それでいてシュティルナー兵は騎士クラスの兵士も皆がタダ人だった。 シュティルナー国内の権力者達は 特約契約者の騎士を遣わしていなかったし… 「自国の兵の損害を最小限に抑えろ」 という自国兵保護の密命を受けた騎士など一人も居なかった。 シュティルナー兵は「初めから死なせるための捨て駒」だった。 そうした事実をシュティルナー国以外の騎士達は共に進軍して 腹を探った後で、流石に理解していた…。 コンフォース国の騎士達も モーペルテュイ国の騎士達も ブレンターン国の騎士達も 内心で皆「捨て駒・生け贄として初めから殺される予定で死地へ誘われるシュティルナー国の兵士達」と「自分達」とには「違いがあるから、運命も異なるのだ」と。 そういう理屈を脳内でこじつけるのに必死だった。 シュティルナー人達の愚かさ シュティルナー人達と自分達との違い それをこじつける際に 「シュティルナー人達は養ってやれない赤ん坊・幼児を魔物の餌にして間引きする残酷な文化の人種だ」 という偏見を利用していた。 だけど… デリックは生き残っていたシュティルナー人達が湖に身を投げ 文字通り「ただ一人の生き残りも出さずに全滅した」のを目の当たりにし 「シュティルナー人達と自分達との間に違いなどない」 と分かってしまったのだ…。 言い伝えを信じて 愚直に文化的制限の中で生きて死ぬ。 そこに「弱者殺しを正当化する卑怯さ」などない。 シュティルナー人達の生き残り達が集団自殺した事で 「シュティルナー人達の中に卑怯さなどなかった」 と理解してしまったのだ…。 欺瞞に耽り続けて シュティルナー人という人種を 「自分達とは違う」 と思い続ける事がデリックにはできなかった…。 それによって自分達がシュティルナー人達に対して 「大量戦死誘導」…「婉曲的な大量虐殺」 を執行した大量虐殺者である事を自覚してしまった…。 ーー途端に精神は不安定になり、二度と安寧を感じる事が出来なくなった…。 何もかもが嘘臭く 無価値なモノに思えるようになった。 前日には姿形も見えなかった目玉模様の蜘蛛が 至聖所の奥の間の天井に 無数に張り付いて居るのが見えるようになった。 (魔物は入り込めない場所なのに…俺は狂ったのか?) と思っている間にも 目玉模様の蜘蛛が飛びかかってきて姿を消した…。 目玉模様の蜘蛛の姿は圧倒的多数の者達が見えなかったが… 不思議と 「俺はシュティルナー人達を戦死誘導した大量虐殺者だ」 と事実を自覚し鬱状態に陥っていた者達にだけは見えていた…。 飛びかかってこられて憑かれたのはデリックだけ。 デリックに取り憑いたヤツ以外の目玉模様の蜘蛛達は 天井に張り付いたまま微動だにしなかった。 正体を確かめるべく矢を射かけるだの石を投げつけてみるだの そういった事をする気が起きない程に 奥の間は「冒すべからざる神聖さ」が感じられた。 そうしてーー デリックが「オーラ?」のようなモノが見えるようになっている事に気がついたのは… 至聖所を発った後だった…。
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