「心」なんて価値は無い

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「心」なんて価値は無い

d530b06f-f21c-4d43-8c0a-9bd9d1d14475 ご主人様の書斎に呼ばれてーー マテシス圏への遠征の状況を報告する時にデリックは 「お土産です」 と言い、ご主人様へ帆船模型を手渡した…。 ご主人様は 「ああ、ありがとう」 と受け取って、そのまま書斎の棚に飾らせようとしたが… ファレルは模型をジックリ眺め回した。 妙な仕掛けがされてないか鑑定しているらしい…。 (疑り深い男だな…) と少しファレルにウンザリするけどーー そうした疑り深さがデイビス伯爵家の家訓のような面もあるらしいので、それは理解するしかない。 「お前も鑑定して見てくれ」 と言われた事で (そのために呼ばれてたのか) と分かった…。 鑑定してみるとーー 妙な半物質は付着してない。 むしろ職人が丁寧な仕事をした時特有の半物質が付着していたし 材料にも有害物質は含まれていない。 妙な所はない。 私が鑑定したのをファレルもご主人様も読心したらしく満足気に頷いてから ファレルが 「放浪者(ペレグリン)運河(カナール)と銘打ってあるが…ブレンターン国の模型職人の名か?」 とデリックに尋ね デリックは 「いえ、職人の名ではなく店の屋号です」 と答えた。 その時はファレルも 「なるほど…」 とだけ言って納得していたが… デリックがシュティルナー人達の集団入水自殺の事を話した後は 「帆船模型のブレンターン土産は、実は嫌味なのか?」 とツッコミを入れた。 デリックは悪びれもせずに 「そう解釈なさるのなら、そうなんでしょうね」 と無感動な目でファレルを見やりながら宣うた。 デリックに限らずコンフォース国からの派兵の中に含まれていたラムスプリング侯爵派の騎士達は皆 「自国の兵だけを守れ」 という密命を受けていたのだが… デリックを派兵の騎士の中に組み込むようにラムスプリング侯爵へ推薦したのはご主人様だ。 「行きたくなかった」 という恨みの表明として… 入水自殺者達を偲ぶ象徴物にブレンターン国で帆船模型を選んで お土産として持ち帰ったのなら… ファレルが疑う通りに「嫌味」なのだろう。 いつもは護衛騎士のラリーは書斎の外で待機させられるのに今日が室内にいる。 万が一にもデリックがご主人様を恨んで襲いかかってくる事態をファレルは警戒してるようだ。 デリックが報告を終えるとご主人様がラリーと私に 「デリックの言う『目玉模様の蜘蛛の化け物』に憑かれる事で半物質が見えるようになったのはお前達も同じだったな。お前達に憑いたものもデリックに憑いたモノと同じモノだったか?」 と尋ねたので 「私の時のとは多分同じだと思います」 と答えた。 ラリーの場合は前世での事なのでそう簡単に詳細を思い出せないのだろう。 「…おそらく、としか言えません。何せ前世での事ですので…」 とラリーが断言を避けて答えると デリックも興味を覚えたようだった。 「…【地球世界】にも同じようなモノが有った?という事ですか?【管理者】がサービスの一環として鬱気味の人間にインストールされる視覚オプションを用意してたとかでしょうか?」 「…どうかな?」 とラリーは少し躊躇って答えた。 目玉模様の蜘蛛の化け物に憑かれた時に自分が鬱気味だったかどうかを振り返っているのだろう。 私はというとーー 「私が目玉模様の蜘蛛の化け物に憑かれた時は鬱気味でも何でもなくてフツーに樹海での暮らしに適応してたから…多分憑かれる時には鬱である必要はないと思いますよ」 と言った。 私の言葉を聞いて 「…そう思うのか?」 とデリックが納得いかなそうに首を傾げたので 「…多分、通俗的な物の見方では生きられない状況で憑かれるんじゃないでしょうか? デリックさんは憑かれて半物質が見えるようになった事で『人間の意識』から『参入者の意識』へと引き戻された部分があって、そのお陰で鬱状態が軽減されてる面もあると思いますよ…」 と私から見ての意見を述べさせてもらった。 半物質が見えるお陰で鬱状態が軽減されてるんじゃないか? という私意見にはラリーの方が納得したようで 「…前世で自殺せずに『カルマ精算のための生』を全うできたのは目玉の化け物に憑かれて半物質が見えるようになってたから、という部分はある。 通俗的な物の見方とは違う見方が確かに存在するという事実によって絶望感から救われていた。…少なくとも俺は」 と言ってくれた。 それを裏付けるように 「…デリック以外のPTSD患者には幻覚と自殺衝動が起きてるようだから、確かにそういう仮説も当てはまる可能性はあるな」 とファレルが少し疲れたような表情で告げたので 「…幻覚にも半物質の変調波が関与しますからね。半物質を認識できないと『恨まれてる』という自分自身の被害妄想によって自分で作った幻覚を延々と見続ける事になるんですよね。 …それこそ暗示か何かを使って幻覚の内容を無難で建設的なモノに変えてやらないと治らないんじゃないですか?」 と指摘したら 「…簡単に言ってくれるよな。何も知らないくせに。無難で建設的な内容の幻覚に変えるだぁ?お前、他人の心を何だと思ってるんだよ!」 とデリックが急にキレた。 いつの間にかラリーの剣先がデリックに突き付けられていた。 「…八つ当たりで女に殺意を向けるくらい情緒不安定なお前の『心』なんて、お前が思う程に価値は無い」 とラリーが無情に言い捨てると、デリックがとうとう泣き出してしまった…。
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