手繰り寄せた記憶

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「パパっ、これ出しっぱなし〜」 「あ〜ごめん、ごめん」 「あ、もうお迎え来ちゃう」 「後はパパがやっておくから 結は行っておいで」 「は〜い」 朝から張り切って作ったサンドイッチとスープをバスケットに詰めて 外へと飛び出した 「おはようございます」 車の横に立って笑顔を向けてくれたのは私をいつも迎えに来てくれる運転手さん 「あ、おはようございます」 慌てて頭を下げて近づくと 「どうぞ」 後部座席のドアを開いてくれた 「ありがとうございます」 飛び出した癖に乗り込む時だけお淑やかを装うなんて変だけど クスリと笑われたことなんて気にしないフリで乗り込んだ 「それでは、参ります」 運転席に乗り込むと必ず車を動かす前に声を掛けてくれる とっても素敵な運転手さんは轟さんという 『車を三つも書いて(とどろき)なんです 天職みたいな名前でしょう?」 名前を聞いた時に、はにかみながらそう教えてくれたのは一週間前のこと その日から・・・ 卒業式までの仮住まいに こうやって迎えに来てくれて 「今日は良いお天気なので少しお散歩も良いかもしれませんね」 信号待ちのひとときに話しかけてくれるようになった 「さぁ、到着です」 「ありがとうございました」 迎えに来てくれるだけではなくて 目的地に着いても一緒に車から降りて さりげなくエスコートもしてくれる そして、いつも折目正しい轟さんが 唯一表情を崩す時 「それでは、私はこれで 帰りは携帯電話に連絡をお願いします」 「ありがとうございました、あ、 あのっ、これ轟さんにも」 「・・・っ、ありがとうございます」 バスケットの中から、一人分のサンドイッチを入れた袋を取り出すと轟さんに渡した 初めは頑なに受け取って貰えなかったお礼を 『じゃあ電車にします』 と半ば強引に脅したのも一週間前だった そこから毎日作る軽食を 実は楽しみにしてくれているらしく 子供みたいに頬を緩ませる轟さんに頭を下げるとスライドドアを開いた
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