中編

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中編

ハッと目が覚めると、周りはすっかり明るくなっていた。 目の前に、小さい女の子がいて、 「あ、おめめ開いた。」 と言って、私にニッコリ笑いかけた。 その子の母親と思われる女性が 「ごめんなさい。邪魔しちゃって。」 と、慌てて女の子を抱っこして去って行った。 そうか。ここは公園だ。 私は、公園で寝てしまっていた。 眠りに落ちる前に誰かと話をしたような。 ぼんやりとした頭で考えてみる。 「一度、来てみて」 思い出した。 手を見ると名刺を握っていた。 "Nightist" ナイティスト? そんな言葉ないよね?   名刺を横目で眺めながら、 「来てみてって言われてもね。」 と、つぶやく。 夜だけやってるカフェって。 それに、突然現れて、突然消えて。 ちょっと怖いし。 でも、あの人も夜寝れないって言ってた。 話を聞いてみたいと思う気持ちは否定できない。 私は、悩んでいた。 数日経ったある日、夢を見た。 霧の中からあの人が出てきて、 そして、言った。 「いつ来てくれるの?待ってるのよ。」 ドキッとして、目が覚めた。 正直、怖かった。 でも、その倍、気になった。 待ってる。 あの人は、私を待っていてくれる。 会社を辞めて以来、人とほとんど話していないし、私を待っていてくれる人なんて誰もいない。 でも、あの人は待っていてくれる。 夢なのに、なぜか、あの人が本当に待っていてくれる気がした。 決めた。 今夜、行こう。 怖そうなお店なら入らなければいい。 見に行くだけでも、とりあえず、行こう。 私は、その日、終電に乗って、その店に向かった。 帰りの電車はない。最悪、ネットカフェででも時間を潰せばいい。 ただ、電車に乗る頃には、私は決めていた。 どんなところでも、中に入ろうと。 店の場所はすぐにわかった。 真っ黒な壁の小さな平家の建物。 窓はなく、建物正面の真ん中にドアがあった。 そこに小さな看板がかけられていた。 "Nightist" そっとドアを開けて、中を覗く。 決して広くない店内は、ふんわりとした温かな光がうっすらとついていた。 明るいとは言い難い店内の奥にカウンターがあった。 カウンターの中には20代後半くらいの男性がいた。 目があった。 彼はニコリと笑い、 "どうぞ" と口が動いた。 店内は、薄暗いが妖しい雰囲気ではなく、ほっとするような温かな薄暗さだった。 壁には、一面のたくさんの本があった。 静かだったが、店内に何人も客がいた。 みんな、それぞれがバラバラのソファに座り、本を読んだり、ヘッドフォンで音楽を聞いたり、ただボーっとしていたり、自由に過ごしていた。 店内を見渡しながら、カウンター席につく。 「何にされますか?」 と、カウンターの中の男性が小さな小さな声で聞いてきた。 「あ、えっと、コーヒーを」 私もヒソヒソ声になる。 改めて、店内を見渡してみる。 席は、全て1人席だった。 カウンター席を入れても15席程度。 よくよく見てみると、ほぼ満席だ。 しばらくすると、目の前に、大きなマグカップになみなみと入ったコーヒーが出された。 「どうぞ」 と、カウンターの中の彼が柔らかな笑顔で言った。 コーヒーのいい香りがした。 それにしても、大きなマグカップだ。 そう思っているのを見透かしたように 「朝までは長いですから。ゆっくりどうぞ。 もちろん、おかわりも自由ですよ。」 「朝までいていいんですか?」 「もちろん。」 彼の優しい笑顔にホッとする。 コーヒーを一口飲む。 美味しい。 酸味も苦味も少ない柔らかな味なのに、しっかりコクがある美味しいコーヒーだった。 ゆっくりコーヒーを飲みながら、壁一面の本を見つめる。 「気になるものがあればどうぞ。お貸しする事もできますよ。」 彼が本の方を指差して言った。 カウンターの中を改めて見る。 そこには、彼1人しかいないようだ。 今日、あの人はいないんだろうか。 きょろきょろしていると、 「落ち着きませんか?ソファのお席も空いてますよ?」 彼の柔らかな落ち着いた声は、耳にとても心地いい。 私は、思い切って聞いてみることにした。 「落ち着かないのではなくて、人を探していました。あの、オーナーいますか?30代くらいの綺麗な女性だと思うんですけど。」 なるほどというように少し納得したような表情で、 「オーナーは、今いませんが、何か?」 と言った後で、 「あ、ちなみに、30代ではないですけど。」 チラリとカウンターの後ろの棚を見る。 視線の先を見ると、そこには写真があった。 この店の前に3人で立つ家族写真。 「あっ」 思わず、声が出てしまった。 真ん中の女性。この人だ。 2人の男性の片方は、今より幼く見えるが、恐らく目の前の彼だ。 もう片方の男性は、目の前の彼が歳を重ねたように見えるということは、恐らく、彼の父親だ。 「この人です。この人、オーナーですよね?」 やっぱり現実に存在する人だった。 「やっぱり30代ですよね?」 彼が柔らかく笑い、写真をみながら、 「オーナーはこの人です。でも、この時に40代で、今は50代になります。30代なんて本人が聞いたら喜ぶと思います。」 少し懐かしむように言うのが気になった。 「私、オーナーに誘われたんです。お店に来てって。」 私がそう言うと、彼が確かめるように、 「いつの話ですか?」 と聞いた。 「数日前の霧の深い夜というか朝というかの時間です。」 というと、少し考え、 「きっとそれは、母、あ、オーナーなんですけど、僕の母だと思います。」 そこまで言ったあと、少し間を置き、 「でも、母は、10年間眠ったままなんです。」 と言った。
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