僕の好きな作家はいつも芥川賞を逃す。

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 放課後、サッカー部の練習に行く俊と夕陽とグラウンド前で別れ、その姿を見送ると、僕は一度校門を出て裏口から敷地内に入り、図書館倉庫まで行った。一度引き返すと変だと思われかねない。それに、裏口のほうが図書館倉庫に近かった。  今日はドアが開けっぱなされていて、中からは物音がした。中に入ってみると、二階からいくつかの掃除用具を似奈がおろしてきている途中だった。 「あ、創太くん来た。小堂先生から借りた掃除用具と、二階にあったやつ。これだけあれば事足りると思う。早速だけど、水汲んできて!」  似奈は僕に金属製の少しひしゃげたバケツを渡した。年季が入っている。 「僕が?」  いきなりのことに少し面食らってしまう。そもそもこの付近の水道さえあまり知らない。 「私、ほうきである程度掃いておくから。行ってきて!」  少々強引に、似奈に倉庫を追い出されてしまう。  あたりをきょろきょろと見回して水道を探す。  一番近い校舎入り口の前にに水道はあった。よかった。  水と金属がぶつかる音がして、すぐに水と水がぶつかり合う音に変わってゆく。その音を聞きながら、ばちゃばちゃと音を立てる水を眺めた。  満タンになると蛇口を止めて、バケツを持ち上げる。水面が揺れて少し水がこぼれてしまった。  なんとか図書館倉庫まで戻ると、似奈はもうもうとほこりを入り口から吐き出している最中だった。 「これ、結構やばいね」  似奈は少ししかめっ面をしながら、窓も全部開けっ放して掃いていた。 「うーん。これはやばいね。水拭きのほうが効果的だと思う」  僕が汲んできたバケツの水に、二人で雑巾を突っ込んで濡らし、絞る。  その雑巾で、埃だらけの床を拭き始めた。  案の定、雑巾も水もすぐに真っ黒になり、僕たちは交互に水を替えにいかなければならなくなった。  しかしそれを何度も繰り返すと、床はどんどんきれいになり、木製の床本来の輝きを取り戻してきた。 「床ってこんな色だったんだ……」  掃除を終えて床を見た似奈は、ぼそりとそうつぶやいた。    掃除が終わった僕たちは、また昨日と同じように、一階の気に入った本を持って二階に上がり、夕日をみながら本を読んで過ごすことにした。  しかし似奈は、昨日とは違って小さなノートパソコンを取り出して何やらしきりにキーを叩き始めた。 「何してるの? 課題?」  僕はそう尋ねたものの、たぶん外しているという自信があった。大学生ならともかく、高校生でこんなにキーボードを酷使する課題は出ない。だいたいは手書きのはずだ。 「ううん。ちょっとはずかしいけど……小説書いてるの。私」  へへ、と似奈は照れ隠しをするように笑った。  小説を書いている。  僕は結構読書をするが、周りにものを書いている人間は今まであまり見なかった。 「へぇ、どんな小説書いてるのか気になるな」  素直に僕はそう言った。僕も前に小説が好きなら小説を書いてみようという、安直な思考で小説を書こうとしてパソコンに向かったことがあるが、全く面白くないものができてしまい、自分に絶望したことがある。それ以来、僕は「読む専」を名乗るようにしている。小説が好きだからと言って、面白い小説が書けるわけではないのだ。 「読んでもいいよ。普段はあんまり人に見せないけどね」  そう言って、向かい合って座っていた似奈はパソコンの画面をこちらに向けてくれた。 「ほんとにいいの?」 「うん」  まだ少し恥ずかしそうに、似奈は頷いた。
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