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「創太、今日も行くの? 墓」
授業を全て受け終わった、ざわざわとした放課後。斜め前の席に座る友達の俊が、教科書などの荷物をカバンに詰め込みながら僕の方をちらりと見て言った。
「うん。もちろん」
僕も自分の教科書をカバンに詰めつつ返答する。
今日は七月十九日。「桜桃忌」の一ヶ月後だ。桜桃忌とは、太宰治の誕生日であり、自殺した時に遺体が見つかった日のこと。六月十九日がそれだ。桜桃忌には、東京都の三鷹にある彼の墓にはたくさんのファンが殺到する。
「お前、本当にすげえよなぁ。自分の先祖の墓もちゃんと参ってんのか?」
そう言う俊の顔は、少し呆れているような気がする。でも、俊はちゃんと僕の趣味を理解してくれている数少ない友人でもある。
「じいちゃんばあちゃんの墓は全部地方にあるからあんまり行けないんだよな。親と帰省するときくらい」
「なるほどな。ちゃんと年一回行ってるなら良いけど、全然違う墓ばっか参ってたら先祖が悲しむぞ」
俊は立ち上がった。僕も立ち上がって、ざわざわしている教室を二人で出た。
僕の両親はどちらも地方出身で、東京に出てきて出会った二人だから、帰省はいつも大変だ。父は東北、母は関西。途中で寄ることももちろんできない。お盆とお正月で行先を分けることで二人は納得しているようだ。
「先祖のお墓はどっちもちゃんと年一回参ってるよ。心配しないで。俊は今日も部活?」
「そうだよ。夏の大会の練習。レギュラーもらえてるから結構気合入ってんだ」
俊はちょっと得意げに言った。彼は小学校の頃からサッカーをやっていて、高校までずっと続けてきた。スポーツ推薦ではなかったものの、県内で割と強いこの高校を受験して合格し、念願のサッカー部に入ったらしい。
二人でサッカーの大会についての話をしながら下駄箱で靴を履き替え、外に出る。眩しい夏の日差しが、暗い玄関から出てきた僕たちの目に突き刺さる。
「あー、あっちぃ。じゃ、俺グラウンド行くわ」
「うん。練習頑張れー」
俊はひょい、と手を挙げて、グラウンドの方に走って行った。
ひとりになった僕は、早速三鷹駅へと向かうことにした。
三鷹駅へは、一旦新宿駅まで出て、そこから黄色いラインの中央線で一本。めちゃくちゃ近いというわけでもないが、遠くもないという距離だ。新宿より少し静かな三鷹駅に着くと、定期券の圏内ではないので、ICカードにチャージしていた残高が少し引かれて改札を出る。
墓参りセットはしっかり持参しているのでそのまままっすぐ墓へと向かう。初めて参りに行った時は少し道に迷ったが、近くにいた警備員のような人が慣れた口調で道順を教えてくれた。よく尋ねられているのだろう。
もうずいぶんと墓に行くのも慣れてきた。閑静な住宅街を抜け、墓があるお寺の敷地内へと足を踏み入れて行く。
七月の墓は暑くて、セミが鳴いていて、そして誰もいない。たまに僕のように近場から参りにくる人はいるが、平日に来る人は少ない。
静かだ。夕焼けの中カラスの声と僕の足音だけがする。墓までの道は、何度も行っているのでしっかり覚えている。迷いなく進んで、森鴎外のはすむかいにある太宰先生のお墓の前へしゃがんだ。
じっ、と墓石を見る。大胆な筆遣いで、「太宰治」と、ペンネームで書かれている。しかし彼の本名は「津島修治」だ。
何度ここへ通っても、墓石の前に立つと神聖な気持ちになる。僕が出会うべくして出会った作家。僕の読書の原点。この感覚は、まだ慣れることがない。
カァー、とカラスがまた一羽鳴いて、あたりに響く。
しばらくじっと墓石を見たあと、僕は目を閉じて先生を感じる。そして、周囲の音がどんどんと聞こえなくなる。
僕は先生に、一度でもお会いしたかった。
先生を知ったのは、先生が亡くなってからずっと後だ。一度も会えずに、一度も言葉を交わすことすらできずにこの世ですれ違ってしまった先生と僕をつなぐ場所は、世界でここしかない。
僕はしばらくの間目を閉じて思いを馳せると、静かにこの世にチャンネルを合わせるように目を開いた。
周りの自然音が戻ってきて、僕ははっとする。先生の墓に来るといつもこうだ。どこかここではない場所に行ってしまったような心地になる。
僕はカバンの中から、持ってきた墓参りセットを出した。線香の束に火をつけて線香立てに挿す。ふわりと線香の香りが辺りに漂った。
同じようにろうそくにも火をつけて、ろうそく立てに挿す。とろりと上辺が溶けて、滴りおちる。
もう一度僕は手を合わせて拝む。
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