僕の好きな作家はいつも芥川賞を逃す。

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 墓参りのあとは、そのまま三鷹でラーメンを食べて帰るのが恒例だった。帰り道の途中にあるラーメン屋は、安くてそれなりに美味い。  ラーメン屋ののれんがかかった引き戸を開けて、僕は店内に入る。 「らっしゃいー」  麺の湯切りをしていた店主さんは、入ってきた僕をちらりと見て、またすぐに湯切りに戻った。  店主さんの奥さんであろう人がいつも店内を案内してくれる。 「こちらの席どうぞー」  平日の夕方。この時間帯は人が少ないので、お一人様でもカウンター席ではなく四人がけのテーブル席に通される。広々として食事ができるので僕は好きだ。ちょっと得したような気持ちになる。今も、僕以外にひとりのサラリーマンがいるだけだった。  僕は一ヶ月に一回しか来ないので常連というほどではないが、店主さんと奥さんは僕の顔は覚えてくれているらしかった。会話したことはほとんどないが、会計のとき、「いつもありがとうね」と言われることが多かった。  一応メニューを開くが、食べたいものはほとんど決まっている。 「すみませーん」  厨房に向かって声をかけると、 「はーい」  奥さんが伝票のプレートと用紙を持って厨房から出てくる。 「味噌ラーメン一つで」  僕はいつものメニューを注文する。店員さんもそろそろ気づいているだろう。僕が味噌ラーメンしか注文しないことに。 「はいー」  奥さんは素早く注文を用紙に書きつけると、厨房に引っ込んで、 「味噌一丁」 「あいよー」  店主さんは店内全体に聞こえる大きな声で返事すると、新しい麺を熱湯に打ち込んだ。
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