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似奈には明日から報告を兼ねてお見舞いに行くと言った。彼女から病院名と病室の番号を聞き、スマートフォンのメモ帳に控えた。
末期にひどくなる病気だとは言っていたが、今回の症状は病気が進行したせいなのかどうかは検査をしなければわからないらしい。療養のためと、その検査入院と、両方の意味を兼ねているという。
似奈との通話が終わってすぐ、僕は俊に電話をした。メッセージじゃいつ気づくかわからない。今すぐ会って話したいからだ。
何度かコール音が流れる。僕の人生で、自分からこんなに友達に電話をかけることがあっただろうか。
俊が電話に出た。
「もしもし? どうした? 俊から電話は珍しいな」
少し驚いた様子の俊の声が、スマートフォンから聞こえる。
「こんな時間に悪いんだけど、今から会えないかな。話したいことがあって。簡単に言うと、この前の話。進展があった」
俊がその瞬間、黙り込んだ。普段なら僕が何か言えば間髪入れずに返事やツッコミを返してくる俊だ。面食らったのだろうということは容易に想像できる。
それも一瞬で、すぐに俊は、
「わかった。いつもんとこで大丈夫か?」
と返事をくれた。とにかく俊と会って話せることに安心する。
俊の家は朝香駅が最寄りだ。だから僕とこうして夜に会うときには、ちょうど中間地点の駅前に集合することになっていた。
「大丈夫。今すぐ行く」
「りょーかい。俺も急ぐわ」
「ありがとう」
俊にはいつも呼び出されてばかりだったのだ。今日くらいは許してもらおう、と思いながらもありがたくてお礼が口から出てしまう。
僕はすぐさまパーカーを羽織り、 財布とスマートフォン、定期だけを小さなショルダーバッグに入れて、家の階段を駆け下りた。
「創太、どうしたの」
洗い物をしていた母さんが、水を止めて驚いた様子でキッチンから顔を出す。
「ちょっと用事。友達と今すぐ会って話したいことができて」
僕は手短に話すと、すぐに靴を履いた。
「そうなの。補導されないように十一時までには帰ってきな」
「わかった」
僕が夜に出かけようとすると母さんはいつもこう言う。警察のお世話にさえならなければ好きにさせてくれるのだ。心配しなくても、僕は警察のお世話になるようなことをする勇気なんてない。
「いってらっしゃーい」
母さんはそう言ってキッチンに戻って行った。僕は靴を履き終えてすぐ、玄関を飛びだした。
駅まで、僕の体力が許す範囲内で全速力で走った。最近少しずつ気温が下がってきている。しかし僕は寒いと感じるほどの心の余裕はない。むしろ走っているせいで、パーカーを着ていることすら暑い。どんどんと街頭が僕の隣を過ぎてゆく。
すると、向かいから見たことのある影が近づいてきた。黒くて長い秋物コートにスーツ。サラリーマンだ。よく見るとそれは僕の父さんだった。僕はびっくりしてすぐに急ブレーキをかけて止まった。
「創太? そんな急いでどこ行くんだ」
父さんは眉間にしわを寄せて、不審そうに僕の全身を上から下まで見た。
「いやちょっと……友達とどうしても会って話したいことができて」
母さんには急いでいたのでとりあえずああ言ったが、父さんには尚更「仲の良い友達が病気で長くない上にいじめに遭っていて暴力をふるわれている」なんて残酷なこと、打ち明けられるはずがなかった。
「そうかぁ。気を付けろよー。今日の夕飯なんだった?」
こっちは一大事だというのに、事情を知らない父さんはいつも通りだ。当たり前だけど。 今までの人生でこんなに急いだことはないというくらい急いでいる。でも父さんの質問を無視することはできない。その気持ちがせめぎあった結果、
「親子丼‼ ごめん父さん、僕急いでるから‼ また後で!」
僕は大声でそう言うと、何か言いたげな父さんをその場に残して駅へと走った。
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