僕の好きな作家はいつも芥川賞を逃す。

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 電話を切るまでの一連の流れを説明し終えた僕は、もう一度追体験したかのような心地になったうえ、自分が結構キザなことを言ってしまったのではないかという恥ずかしさにやられてややぐったりとしていた。 「なるほど。似奈さんが入院で学校を休むなら、いじめの報復を気にせず先生や校長、最悪の場合教育委員会に直訴することができるってことか。頭いいな」  俊は真剣な顔つきで言った。次の瞬間、 「よし。それには僕もついていこう」  唐突にそんなことを言い出した。 「なんで⁉ 俊は似奈と関係ないんだから、面倒事引き受けなくていいんだよ⁉」 「いや、似奈さんのことをたまたま聞いてしまったとはいえ、創太に伝えたのは俺だ。できることなら解決に関わりたい。じゃないと申し訳ないんだ」  俊は少し影のある表情を浮かべた。もしかすると僕に似奈のことを伝えたことを申し訳なく思っているのだろうか。 「でも、僕は俊に教えてもらってよかったと思ってる。じゃないと、ずっと知らないまま、似奈と会えなくなってたかもしれないから」 「うーん……まあそうなんだけど。でも責任は感じるから。できれば手伝わせて。創太だって、ひとりでそんな大事にするよりは、数人いたほうが心強いだろそれに、友達だしさ」 「そうだけど」 「いざとなったらそんなこと、相川や夕陽、宇佐山だって、言えば手伝ってくれるぞ。俺らはそういうやつなの」  俊は少し誇らしそうに笑った。  高校で俊と出会えて本当によかった。時には俺と似奈の関係に興味深々で茶化してくることもあるけど、根っこが良い奴すぎるのだ。 「俺、できれば先輩にも聞いてみるよ。協力してもらえないかって。先輩は目撃者なんだから」  俊は指先でコーヒーの紙カップを弄りながら言った。 「え、それはまずくない? もし僕らが動こうとしていることが先輩から、その似奈をいじめている女子の先輩の耳に入ったらどうするの」  俊の意外な申し出に、僕は驚かざるを得なかった。俊にさえ、こんなことがあったと伝えたかっただけなのに俊の協力を得られることになり、その上サッカー部の先輩の力を借りるなんて思ってもいなかった。それに僕がさっき言ったような懸念もある。僕と俊の行動で、似奈のクラスが崩壊しかねない。 「先輩……加藤先輩っていうんだけど。俊には伝えてなかったけど、あの人も結構、似奈さんのいじめの件については、『前々から見てて辛いとは思っていたけどどうにもならない』って感じのことを言ってたんだ。だから、協力してくれると思う」  俊は僕の目をまっすぐ見据えて言った。いつものおちゃらけモードの彼ではない。真剣な顔だ。これだけ俊が言うのならば、それは確かなのだろう。考えてみれば似奈のクラスなんて、もうすでに崩壊しているのかもしれない、と思った。 「わかった。じゃあできれば早めに三人で話せるといいな。クラスの目撃者がいるなら確かに心強いね」  僕が言い終わらないうちに、すぐさま俊はポケットからスマートフォンと取り出した。 「連絡してみる。明日も放課後は部活だけど、こんなことがあるって分かれば顧問も理解してくれると思うから大丈夫なはずだ」  スマートフォンの画面を見ながらすごい速度でタップし、文字を打ち込んでいく俊。 「ありがとう。ほんとにありがとう」  むしろ、セリヌンティウスは僕で、俊がメロスなんじゃないかと思い始めた。  太宰の「走れメロス」では、メロスはとある町の暴虐な王に激怒して王城に乗り込んでゆく。「メロスは激怒した。」で始まる本文はとても有名だ。王にとらえられそうになったメロスは、どうしても故郷の妹の結婚式だけは挙行してやりたいからと、三日間の猶予を願う。すると王は笑い、「絶対帰ってこないに決まっている」と言うが、メロスはその町に住む友達のセリヌンティウスを人質にし、絶対帰ってくると言って故郷に戻る。そして二日後、メロスはセリヌンティウスのために故郷から王城までの道を走り続ける。殺されるために走るのだ。セリヌンティウスもメロスが絶対に帰ってくることを信じ、待ち続けるのだ。  僕はその、「友達を信じて殺されるために走り続けるメロス」が、似奈と自分の関係においての自分だと思いあんなことを言って電話を切ったが、それが実は、僕と俊の関係においては俊がメロスなんじゃないかと思い始めたのだ。  人は一人じゃ生きていけないとは、だれが言ったのだろう。僕はその言葉を最初に考えた人に賞賛を送りたい。  しばらく俊と学校の話などをしていると、先輩から連絡が返ってきたようで、明日学校帰りに三人で話したあと、校長先生の元へ行ってみようという話になった。高校では、校長と関わる機会がほとんどない。忙しそうだし、学校にいるかどうかすらわからない。しかし、担任がいじめのことを問題にしないのであればその上に直訴するしかないのだ。僕らにはそれくらいの手段しかない。  俊とは駅前で別れ、僕たちは帰路についた。
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