僕の好きな作家はいつも芥川賞を逃す。

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 家に帰ると、時刻は午後十一時に近くなっていた。門限と条例ぎりぎりだ。  母親はリビングでテレビを観ていた。 「母さんただいま」  僕はパーカーを脱ぎながら声をかける。 「おかえり。補導されなくてよかったね」  母さんはちらりと僕を見てそう言い、すぐにテレビへと視線を戻した。そしてテレビの中のタレントの発言に小さく笑う。  すると父さんが奥の寝室から出てきた。 「創太、帰ってきてたのか」 「うん。今帰ったとこ」  僕はリビングの隣にある食卓の椅子を引いて腰掛けた。我が家はリビングとダイニングが繋がっていて、それをキッチンから全て見渡すことができるという構造になっている。  母さんは、父さんが現れてもなおテレビから目を離さない。よほど面白い番組なのだろうか。 「結局何をあんなに急いでたんだ」  父さんは不思議そうにそう言いながら、僕の向かいに座った。 「あー……ちょっと友達といろいろあって。別に揉めてるとかじゃなくて、急に話したくなったんだ」   僕は言いづらそうにそう話した。明日校長先生に直々に上級生がいじめられているという事実を訴えにいくなんて、この温厚な父さんに話したら肝を冷やすだろう。父さんを心配させたくない。 「あー、まあそういうとき、あるな」  僕が詳しく話せないことを察したのか、父さんは詳しくは訊いてこなかった。ちょっとはにかんだように笑い、それから沈黙した。  父さんにもきっと、あったのだろう。僕と全く同じではないだろうが、友達と急いで会って話したくなるような経験が。特に、今と違ってスマホのない時代だ。  全てがうまく行ったら、この件を話そう。  僕はそう心に決めた。
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