僕の好きな作家はいつも芥川賞を逃す。

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 俊の先輩は職員室付近の渡り廊下ですでに待っていた。 「先輩、すみません。さっきホームルーム終わって」  早足の俊が声をかけると、先輩は付箋だらけの単語帳から顔を上げ、僕らを見た。 「おう」  先輩は単語帳を閉じて、スクールバッグに入れる。もたれていた壁から背中を離して、僕らのほうに向き直った。 「こいつが、似奈さんの友達の創太です」  俊が僕のほうに手を向けて、先輩に紹介してくれた。似奈以外の上級生と関わることはほぼ初めてに等しく、少し緊張しながらぺこりとお辞儀をした。 「創太ね。俺、加藤敦己。部活の後輩じゃないし、好きに呼んで」  にこりと先輩は笑った。僕はどうしていいかよくわからず緊張したまま、 「あ、はい。よろしくお願いします」 と言いもう一度お辞儀をする。好きに呼んで、と言われても、慣れない僕にとっては加藤先輩と呼ぶ他無いのだが、加藤先輩の第一印象は非常にフレンドリーな方、という感じで親しみやすそうだ。 「創太、部活入ってないもんなあ。仲良い先輩とかあんまいないよな。似奈さんはタメ口友達だし」  そんな僕の様子を見かねたのか、俊が助け舟を出してくれる。 「そうなんだよなぁ」  僕は部活に所属したことがない。小学校の頃は習い事などしていたが、運動部系の礼儀などには詳しくない。失礼のないようにしないと。 「ていうか、前から疑問だったけど国領とどこで知り合ったんだ? あれか? あんま訊かないほうがいいやつか?」  加藤先輩は少し声をひそめた。そうだ、似奈の苗字は「国領」だったな、と思い出す。似奈、と呼ぶことが多かったのでなんだか新鮮だ。  部活にも入っていない、しかもいじめに遭っている彼女がどうして僕と仲良くなったのか。考えれば考えるほど不思議でしかないだろう。 「いや、ちょっとそれが特殊な事情があって……」  似奈に許可を取らずに、僕らの出会いをどこまで話していいのか迷ったが、協力してくれる先輩に何も話さないわけにはいかない。かいつまんで八月の出来事を説明した。 「へえぇ。なんだそれ。めっちゃ奇跡じゃん」  加藤先輩は少しのけぞってオーバーに驚いたリアクションをした。よほど驚いたのだろう。 「少女漫画みたいな話ですけどね」  俊が苦笑する。 「いやほんとそれな」  加藤先輩は僕を指差して言った。 「まぁ……確かに」  僕も否定はできない。 「……先輩、部活大丈夫だったんですか? もちろん俊も」  夕陽は「顧問に許可をもらっている」と言っていたが、果たして本当なのだろうか。運動部はそう簡単に休めない印象があったから、こんな私情で休みの許可をもらえた二人が少し意外だった。 「ああ、それね。そのことなんだけど」  加藤先輩が思い出したように話し始めた。 「顧問は一年の担任持ってるんだけど、二年でそんなことが起こってるって知らなかったらしくてさ。俊と俺から直接その話を聞いて、何かできることがあったら手伝うって言ってくれたんだ」 「え、そうだったんですか?」  俊が少し驚いた顔で言った。彼は知らなかったのだろうか。 「うん。俊から聞いて色々考えたんだけど、俺から話を聞いてやっぱりそう思う、って言ってくれた。だから俊は知らないと思うけど。そういうことだから、とりあえずひとり味方できた」  加藤先輩は誇らしげに言った。 「味方がいないと思ってたんですけど、こんなに心強い味方がいたとは……似奈も知らなかったと思います。ありがたいことですね」  僕は心底よかった、と思った。似奈の周りの人たちが、悪意を持った人たちばかりじゃなくて。加藤先輩やサッカー部の顧問の先生のような人が、似奈のすぐそばではなくてもいてくれることがどれだけ救いになるだろう。彼女はもちろん病院にいて、加藤先輩がどうして味方についてくれているのかは知らないのだが。
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