僕の好きな作家はいつも芥川賞を逃す。

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 加藤先輩が引き戸を開けて、三人で職員室に入った。少し暖房が効いている。古い建物の匂いと一緒に、コーヒーの匂いがふわり、と漂ってきた。は教室の二倍くらいの広さがあり、所狭しと先生たちのデスクが並んでいる。そして、ほとんどの先生が慌しそうに仕事をしていた。  話しかけづらいが、僕が誰かに校長先生がいるかどうかを訊くほかない。俊や加藤先輩にこれ以上世話になるわけにはいかない。  入り口の一番近くには、あまり顔を見たことがない(多分他学年の)先生がパソコンでなにやらリストを眺めていた。僕は意を決して、そのデスクに歩み寄った。 「あの」  僕は口を開く。俊と加藤先輩は僕の後ろで、黙って見ていてくれた。 「はい?」  先生は話しかけられることを想定していなかったかのように、少し驚いて僕の顔を見た。そりゃそうだ。僕と面識はないのだから。 「すみません。今日、校長先生っていらっしゃいますか」  目をぱちくりとさせた先生は、少し考え込んだ。 「うーん。たぶんいらっしゃると思うけど。どうして?」  いきなり知らない生徒が話しかけてきたと思ったら校長に会いたいと言うなんて、先生からしたらまったく話が見えないだろう。申し訳ない。非常事態なんです。そう思いながら、僕は話した。 「大事な話があるんです。校長先生に。直接話したくて」 「そうなの? ちょっと校長室見てくるね。待ってて」  仕事中にもかかわらず、先生は席を立ってそう言ってくれた。 「ありがとうございます」  職員室の奥にある扉に向かって先生は歩いていった。 「やべえ、何話したらいいかわかんなくなってきた」  加藤先輩は先生がいなくなった途端、そう呟いた。 「先輩は実際見たことを話していただけるだけで助かるんです。僕は見てませんから」 「お、おぉ。そうか。なるべく頭の中でまとめとかないとな」  三人で話しているうちに、先生が校長室から戻ってきた。  隣には、スーツをきっちりと着て高級そうなネクタイを着けた、校長先生が立っていた。 「こんにちは。話があるっていうのは、君たち三人かな」  入学式や始業式でしか見たことのない校長先生だが、しっかりと記憶にあった。式ではいつも優しい声色で話すのだ。目の前にあらわれた校長先生も、僕らと目線を合わせて喋ってくれるような、そんな感じの話し方をしてくれる。 「そうです。あっ、僕は一年の佐藤創太です」 「同じクラスの、名川俊です」 「二年二組の加藤敦己です。今日は、俺のクラスのことで話があるんです」  加藤先輩が話を切り出してくれた。ありがたい。  校長先生は少し眉を上げて驚いたような表情をした。 「二年二組? 何かあったのかな? とりあえず、校長室で話そうか。有山先生、ありがとうございます」  校長先生は、さっき校長室に様子を見に行ってくれた先生にお礼を言った。そして僕たちは促されるままに、職員室の奥の校長室へと入って行った。
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