僕の好きな作家はいつも芥川賞を逃す。

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 部屋を出ると、そんなに長い時間経っていなかったことに気づく。緊張しすぎて、とても長い時間のように感じられた。 「校長先生と初めてちゃんと話したけど、なんか力になってくれそうだったな」  職員室前に戻り、加藤先輩が言った。表情は少し明るい。 「そうですね。金井先生との話し合いがどうなるかによりますけど」  僕も同意する。しっかり話を聞いてくれたという印象が僕にもあった。真正面からこのいじめという問題を捉えてくれたように感じた。 「でも、加藤先輩にばっかり話してもらって申し訳なかったです」  僕は校長室にいる間ずっと思っていたことを口に出した。僕にできることが少なすぎたのだ。  加藤先輩は意外そうに目を開いて僕の顔を見た。 「実際に見てたのは俺なんだから、俺が言うべきだよ。そんなこと気にすんな。俺だって、ここまであの役立たずの金井にしか働きかけなかったのが悪い。もっと早くこうしておくべきだったんだ」  少し目を伏せて言った。先輩はそれがずっと気になっていたんだろう。僕だって近くで見ていたらそういう気持ちになるに違いない。自分はいじめに加担していなくても、加担したような気持ちになるだろう。そう思うと、俊がいてくれてよかった、と改めて思う。加藤先輩との繋がりがなければ、お互いきっかけもなくて、何もできなかったのかもしれない。 「でも、こうして何かが進みそうになってよかったと思います」  俊が加藤先輩に言った。その通りだ。そのままなあなあにしておくより百倍良い。 「俊と先輩は、これから部活に行くんですか?」 「そうだね、そろそろ行かないと」  俊が職員室の中にある時計を見て言った。 「そうだな、監督にも報告しないと」  加藤先輩も頷く。 「それじゃあ、僕はそろそろ帰ります。今日は本当にありがとうございました」  僕はお礼を言って、しっかりとお辞儀をした。 「俊もありがとう」  先輩だけでなく、俊にも。 「また校長先生から何かあれば伝えるよ。じゃ」  加藤先輩はそう言って、俊とグラウンドのほうへ歩いて行った。
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