僕の好きな作家はいつも芥川賞を逃す。

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 僕は駅までの道をひとりで歩きながら、こうしてひとりで帰るのもいつぶりだろう、と考えた。カラスが鳴いていて、随分と日も短くなったように思う。夕日が街を照らしている。僕は眩しいと感じつつも、少し感傷的になりそうになる。  夏に似奈と出会い、二学期が始まってから、ずっと放課後は部活に行くように図書館倉庫に通っていた。それから数ヶ月が経ち、入学したときには考えもしなかったことがたくさん起こった。  僕が思い描いていた高校生活は、静かに数少ない本好きの友達と本の話をし、部活に所属せずに家に帰ってまた本を読む。そんな生活だ。それが、まず一学期には俊たちのような、自分とは違うタイプの友達に恵まれ、二学期になる頃には似奈と出会い、そして今日は加藤先輩と出会った。いろんなことがありすぎた一年だ。  そうだ、似奈に今日あったことを報告しなければならない。僕はそう思い出してブレザーのポケットからスマートフォンを取り出した。  似奈の連絡先を表示し、発信ボタンをタップする。  何回かコール音が鳴った後、すぐに似奈が出た。 「もしもし? 創太くん? 学校終わったんだね」  似奈の声はいつもより少し小さく感じた。病院の中はあまり大きな声で通話しにくいのだろう。 「うん。似奈に今日のこと報告しなきゃなって思って電話した。今、電話大丈夫?」 「全然大丈夫。びっくりしたけど」  似奈はそう言って控えめに笑った。 「ごめん、突然電話かけて。今日、校長先生と話してきたんだ。加藤先輩と俊と一緒に」 「ヤバいね。どうだった?」  似奈は自分のことなのに、他人事のように楽しそうに続きを聞いてくる。でも似奈はそういう人だ。そう思えばなぜか納得がいった。 「加藤先輩が、担任の金井先生が全く動いてくれなかったことを校長に言ったら、一度金井先生と話すって。その後、例の加害者側の先輩とも話すって」  似奈に加害者の先輩の話をするのは嫌なことを思い出させるようで気が引けたが、言わなければならない。 「そうなんだ。私のところにも連絡がくるかもしれないね。気をつけておかなきゃ」  似奈の返事は案外あっけらかんとしていた。僕は少し肩透かしを食らったような気になる。もちろんそれも、似奈はこういう人だから、で納得してしまうのだが。 「今日はもう病院にいるんだよね? 検査とかしたの?」 「うん、今日は一つ目の検査したよ。明日も検査して、それの結果を見て治療が始まるらしいよ」  また似奈は人ごとのように言った。 「そういえばお見舞いに行っていいなら行きたいんだけど、どうかな」  僕は昨日話を聞いてからずっと気になっていたことを訊いた。毎日会っていた友達だ。急に会えなくなるのは寂しい。 「え、いいの?」  似奈は少し驚いた声を出した。 「私は全然大丈夫だよ。朝香総合病院だから、駅からも近いよ」 「じゃあ今からでも大丈夫? 学校からの帰りだから、そのまま行けそう」  朝香総合病院は高校の反対方向にある。歩いて駅を通り越し、五分ほどで行けるだろう。駅の向こうにはゲームセンターやカラオケ、ショッピングモールなどがあり、よく俊たちとも遊びに行く方向だ。 「今から? 大丈夫だよ。暇してるからいつ来てくれても嬉しい」  似奈の声が少し明るくなった。僕は入院したことがないのでわからないが、ずっと馴染みのある家ではない場所で安静にしていなければならないとなると辛いだろう。ショッピングモールに寄って何か本でも買っていこう。 「お見舞い持っていくよ。何か読みたい本とかない? 新作とかさ」 「うーん、入院中ヒマになると思ってくる前に色々買い込んじゃったんだよね。お見舞いなんて気にしないで。来てくれるだけで嬉しいから」  似奈は実際にちょっと嬉しそうな声だ。学校にも行けない、何もすることがない、安静にしなきゃならないとなるとかなり時間を持て余すだろう。そんな似奈に僕ができることは、少しでも会いに行って楽しませることなんだろう。 「わかった。じゃあこれから直接行く」 「ありがとう。病棟と病室の番号、メッセージで送るね」  挨拶をして電話を切り、スマートフォンをブレザーのポケットにしまう。駅ではなく、その向こうにある大きな病院を目指した。
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