僕の好きな作家はいつも芥川賞を逃す。

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 朝香総合病院はこのあたりの地区ではいちばん大きな病院のはずだ。今まであまり近くまで来たことがなかったが、実際に近くで見てみるととても大きい。朝香高校の三倍くらいの敷地はありそうだ。病棟がいくつか繋げられていて、新築当時真っ白だったであろう壁は雨風に曝されて少しくすんでいる。  来るのはもちろん初めてだし、建物の構造やどこに何科があるのかなんてさっぱりわからない。でも一番大きな自動ドアが正面玄関だろう、と踏んで僕は病院に立ち入った。  外は自然の音や車の音、人々の歩く声や話し声で満ちているのに、自動ドアをくぐって病院に一歩立ち入れば、独特の匂いと静けさに包まれる。カーペットには、僕の足音だけでなく、全員の足音が吸い込まれてゆく。たまに軽快なチャイムが鳴って、受付で誰かの名前が呼ばれている。  ここは外来だろうから、面会受付は別の棟なんだろう。院内の地図のようなものがどこかにあるはずだ。外来の受付を横切って探すと、エレベーターの前の壁に院内図を見つけた。  似奈から届いたメッセージと院内図を見比べて、僕が入ってきた棟の隣につながっている棟だとわかった。  その病棟まで歩いて行ってみるとそこは入院患者専用棟のようで、外来受付よりもさらにしんとしていた。似奈は三階に入院しているらしいので、入院病棟のエレベーターの上に行くボタンを押した。  この時間は空いているのか、すぐにエレベーターがやってくる。あまり見舞い客とすれ違わないな、と思いつつ、エレベーターに乗り込んでいく。たまにすれ違うのは看護師さんばかりだ。  エレベーターで三階まで行くと、降りてすぐ、角にナースステーションがあった。 『病室の番号と私の名前、それから創太くんの名前を受付で言えば入れると思う』  似奈からは、部屋番号の他にそんなメッセージが届いていた。  そのメッセージを確認して、ナースステーションにいる看護師さんたちをちらりと見る。忙しく動きまわっている人ばかりで声がかけづらい雰囲気だ。勇気を出して一番近くでデスクワークをしている看護師さんに話しかけることにした。 「あの、すみません」  僕に気づいた看護師さんは、立ち上がってにこやかにカウンターのほうに向かって歩いてくる。 「はい、お見舞いですか?」 「そうなんです。あの、国領似奈さんってこのフロアに入院してますか?」  こういうところに来るのは初めてだ。とても緊張しながら看護師さんに尋ねる。 「患者さんの部屋番号と、あなたのお名前をお願いします」 「三五六号室だと思います。佐藤です」 「佐藤さんですね、わかりました。確認しますね」  看護師さんは手元にあるデスクトップパソコンを操作し、近くの電話機を取って内線で電話を掛けた。 「国領さん、佐藤さんという方がお見舞いにお越しになっていますが案内してもかまいませんか?」  電話の向こうで小さく似奈の声が聞こえ、看護師さんは返事をして電話を切った。 「病室に行ってもらって大丈夫です。ここにお名前と連絡先だけ、お願いしますね」  小さな用紙とペンを渡され、僕は名前と携帯の電話番号を書き込む。それを看護師さんに渡して、僕は三五六号室に向かった。
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