僕の好きな作家はいつも芥川賞を逃す。

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「いらっしゃい」  似奈の病室は個室だった。彼女はベッドの上に座って僕を迎えてくれた。 「病院にお見舞いなんて来たことないから、緊張したよ。あんな風に病室に確認取るんだね」  僕はベッドの横に置かれたパイプ椅子に腰を下ろして、似奈と目線を合わせた。 「私も知らなかった。親はとくに確認なしで入れてたから。私、親以外にお見舞い来てくれる友達なんて、いないからさ」  そう言って似奈は笑った。 「そんなこと言われても、反応に困るよ」 「だって本当だもん」  今日はその問題を解決しに動いたばかりなのだ。ブラックジョークにも程がある。しかし似奈は他人事のように楽しそうに話す。 「あ、そうだ。さっき創太くんと電話したあとに、学校から電話があったよ」  似奈は特に表情を変えるでもなく、さらりと言った。 「え、もしかして校長先生?」 「そう。今日、いじめられてるって告発があったけど本当なのかって。『本当です』って言って、いろいろされたことも話した。『証明できることもいくつかあります』って話したよ。とにかく金井先生と話して、そのあと直接会って話を聞きたいから、病院に来るって言ってた。しばらく退院できそうにないしね。今日の検査の結果もそんなに良くなかったらしいよ」  僕の返事を待たずに、似奈は一気に話した。検査の結果も、似奈にとっては重大なことであるはずなのに、全部他人事みたいだ。いじめの話をするときもそうだ。似奈はそうして自分を守っているのかもしれない、と時々思う。 「学校に来るって、校長先生が?」 「うん。金井先生か教頭先生か、だれか一緒に来るかもしれないって言ってた。校長先生からしたら最悪だろうね。自分の知らないところでいじめが丸め込むように隠されてたなんて。自分の首が危ういじゃない」 「それって校長先生が悪いわけじゃないでしょ。処罰の対象になるのは金井先生じゃないのかな」 「そのあたりの大人の事情はよくわからないけど、どっちにしろいい気持ちではないでしょ。なるべく大事になる前に、ちゃんと解決しようとするはずだよ。そのために病院に来るんでしょ」 「そっか」  少し間が空いて、僕はもう一度口を開いた。 「待って、検査の結果、悪かったの?」  さっきなんとなく流れてしまった会話を思い起こして、引っかかったのだ。 「うーん。詳細は明日話すらしいんだけど、先生はあんまりいい顔してなかったから。多分あんまり良くないんだろうなって。まだお母さんには話してないけどね。悲しむから」  笑わずに似奈は言った。さらりと何でもないことのように言うところは変わらないけれど、さすがに今回は笑わなかった。 「……そんなこと、僕に話して大丈夫なの?」  似奈は少し黙って考え込むと、僕を見てまた笑顔になった。 「創太くんはいいの。お父さんとお母さんはね、私がいじめられてることも知らないんだよ。創太くんは私の秘密、たくさん知ってるから。いいの」  似奈はベッドから立ち上がると、僕を見下ろして言った。 「外、出ようよ」
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