僕の好きな作家はいつも芥川賞を逃す。

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 そうしていても、毎月十九日だけは予定を空けている。八月十九日も、ひとりでいつものように墓参りに行くことにした。  線香とろうそくに火を点け、僕は墓の前で手を合わせる。目を閉じて、全身で先生を感じる。  目を開けてもまだなお、僕は毎回墓石を見つめてしまう。  すると、背後に人の気配がした。  誰か他のファンが参りにきたのだろうか。  後ろを振り向いた。  そこには、知らない少女が立っていた。  いや、正確には、“一瞬知らない少女に見えた”と言うのが正しいかもしれない。  よく見るとその子は、この前ラーメン屋でみかけた、眼鏡をかけた同じ高校の生徒だった。  もちろん彼女は制服を着ていない。グレーのうすいTシャツの裾を短パンの中に入れた、身軽な格好だ。 「あの」  彼女が口を開く。 「朝香高校の人ですよね? この前、ラーメン屋で会いましたよね、制服のとき。向こうの大通りにあるラーメン屋さん」  そう言って彼女は、首を傾げた。ちょっと自信なさげな顔をしている。僕が覚えているかどうか、それとも僕が本当にあのときの男子高校生なのか不安なのかもしれない。僕はもちろん覚えている。この辺であの制服を見かけるのは珍しい。 「あぁ、やっぱりそうですよね。僕もそう思ってたんです」  僕はもちろん覚えている。この辺であの制服を見かけるのは珍しい。  すると彼女の顔は明るくなった。 「ですよね! 話しかけるか迷ったんですけど、見覚えがあったので……。あのとき、もしかすると太宰の墓参りに来たんじゃないかって思ったんです。それ以外の理由でわざわざ三鷹までくるあの高校の生徒なんか、いませんから」  彼女は嬉しそうに僕に話しかけてくる。彼女も文学ファンなのだろう。僕も嬉しくなった。 「太宰のファンなんですか?」  率直な疑問を僕はぶつけてみることにした。 「そうなんです。芥川龍之介のほうが本命なんですけど、太宰治も好きなので。だから来れる日にはこうして来てるんです。あなたは?」  芥川ファンだったか。それは太宰先生と気が合うことだろう。 「あ、僕は太宰先生のファンで毎月お参りにきてます」 「そうだったんですね」  あっ、と彼女は短く言って、なにか思いついたような顔をして、言った。 「よかったら、この前のラーメン屋さんでお話しませんか」  その一言で、僕は彼女とラーメンを食べながら話すことになった。
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