僕の好きな作家はいつも芥川賞を逃す。

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 引き戸を引いて店内に入ると、いつものように店主さんと奥さんがいた。  今は午後三時、食事時ではないので僕らのほかにお客さんはいない。二人は暇なのか、客席に座ってテレビを見ていた。  僕らが入ってくるのを見ると、 「らっしゃい!」  と言って、店主さんは奥の厨房へと向かってなにか準備を始めた。奥さんもカウンターのほうへ向かい、伝票を用意する。 「ここにします?」  彼女は一番入り口から近いテーブル席を指して言った。 「そうですね」  僕たちは二人とも向き合うように座る。僕は彼女のことを考えて、奥のソファー席ではなく手前の椅子に座った。彼女がソファー席へと座る。  メニューを彼女に向けて開く。僕はいつも通りの味噌ラーメンと決まっているからメニューを見なくても大丈夫だ。 「あ、私もう決まってるんです。ありがとうございます」  彼女は少し申し訳無さそうに言った。 「あぁ、そうなんですか。僕も味噌ラーメンって決めてるんですよね」  そう言えば彼女もここの常連なのかもしれない。この前たまたま会っただけで、何回か訪れているのだろう、 「味噌も美味しいですよね。私はいつも醤油にするんですけど、たまーに味噌食べたくなります」  そう言うと彼女は、店員さんを呼んだ。 「すみませーん」  はーい、と言って奥さんが伝票を持ってやってくる。 「醤油ラーメンと……味噌ですよね?」  彼女は僕のほうを見て訊いてくれる。 「あ、はい」 「じゃ、味噌ラーメンで」 「醤油と味噌ねー」  奥さんは伝票に注文を書きつけてカウンターへと帰って行った。店主さんに注文を伝える声が聞こえる。
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