サウスポー・ブレイカー

調査-①

小さな公園だった。
敷地面積は六十平米ほどか。
遊具も小さなブランコと砂場が隅の方にあるだけだ。
公園の周りには規制線が張られ二名の警官が見張りをしていた。
やはり現場検証はすでに終わっており、遺体は勿論マスコミの姿も無かった。
通りすがりに覗いていく野次馬がたまにいる程度だ。
周辺は閑静な高級住宅街だった。
広い庭と隣家との境界にゆとりを持った豪邸が点在している。
公園はそこからやや離れた一角にあった。
隣接した邸宅からも死角となっているためほとんど見えない。
死亡推定時刻からしても、目撃情報はあまり期待出来ないだろう。
報告書によると被害者の住所は此処ではなく、車で十五分ほど離れた別の住宅街だった。

被害者はなぜ真夜中にこんな場所にいたのか……

レフティの検証結果からも此処が犯行現場であることはまず間違いない。
被害者が自らの意思で来たものか、或いは強制的に連れて来られたのかは不明だ。
それにしても殺害を意図してのものなら、他に幾らでも候補地はあった筈だ。
夜中とは言え、わざわざ住宅街の一角を選んだのはなぜか？

「公園内をスキャンしてみてくれ」
疑念を胸に俺は取り敢えず捜査を始めることにした。
左手を胸のあたりまで上げ小声で指示を出す。
「犯行の痕跡や残留物がないか探査しろ」

『分かりました』

頭の中に返答が木霊(こだま)し、時計盤が青点灯に変わった。
いよいよ最先端ＡＩの本領発揮だ。
こいつの探査方法の基本はスペクトル解析である。
左腕の数箇所から高密度の電磁パルスを放出し、周囲百メートルの範囲に存在する物体の成分分析を行う。
対象の形状は固体・液体・気体を問わない。
詳しい理屈は分からないが、たいていの物質は光の波長で識別することが可能らしい。
放出した電磁波の反射速度と量を光周波に変換する事で、その性質や成分を判別することが出来るのだ。
以前に解決した二件の防衛省要人殺害事件も、この機能により物証の発見に至った。

『解析完了しました』

ほどなく声が返ってくる。
解析速度の速さもこいつの大きな【売り】である。

『公園内中央付近にて微量の空気変化が見られます。地表に付着した血液が大気熱により放散しているためと思われます。放散量から計算して犯行時刻は本日の零時二十分前後と推測されます』

まずは画像検証による死亡推定時刻の裏付けがとれた。
やはり現場に来ると精度が上がる。

『さらにこれも微量ですが、血液に混在して黒褐色の粒子状の異物が確認できます。色調と不定形な形状より炭化物の一種ではないかと推定されます』

炭化物だと！？
物を焼却した際に発生するあれか？
そんなものが血痕に混じっているというのか。

身中の血が騒(ざわ)めき立つ。
早速痕跡が見つかったのは良いが、全く予想だにしていなかったものだ。
「炭化した何かが血痕に混入したということか」
俺はふと思い立ってレフティに聴き返した。
元々地表に付着していたものが混入した可能性もある。
俺の問いにすぐには答えず、時計盤の点灯状態が続いた。

『……失礼しました。炭化物の組成分析が完了しました。僅かにタンパク質と脂質の成分痕跡が認められます。色調は深度三度の熱傷を負った表皮の状態に酷似しています。よってこの物質は、九十パーセントの確率で人体の皮膚が炭化したものと推定されます。なお殺傷部の血液に混在していることから、炭化物は被害者の皮膚である可能性が高いと判断します』

ほどなく返ってきたレフティの分析結果を聴いて、俺の背筋に冷たいものが走った。
こいつの言うことが正しければ、被害者を襲った凶器は肉体を貫くだけでなく、熱傷まで負わせる事ができるという事になる。
そんなものを一撃でも食らえば即死するのは当たり前だ。
と同時に、俺は遺体の写真を見た際に感じた違和感の理由を悟った。
殺傷痕の大きさに比して血量が少なかったのはこのためだ。
貫通と同時に傷口が高温で癒着したため大量出血に至らなかったのだ。
手術に使用される電気メスの原理である。

三百キロの物体を容易(たやす)く動かせるだけのパワーを持ち、さらに高熱をも放つ円錐形の凶器……
一体どんなものだ！？

特隊の訓練にてたいていの武器類には精通していたつもりだが、今回ばかりは想像もつかない。
果たして人が持ち運べるようなものなのか？
念のためレフティに再度凶器の特定を指示したが、やはりデータ不足との返答だった。
この段階で凶器が判明しないという事は、今後の捜査がかなり難航するのは必須だ。
俺は苦虫を噛み潰したような顔で頭髪を掻き毟(むし)った。

「他に何か見つけたものは？」
凶器についての追及は一旦諦め、俺は話題を変えた。
スーパーコンピューターに分からないものを、凡人の俺がいくら考えても答えの出る訳がない。

『地表に複数の靴跡と車輪跡の痕跡が認められます。大半が踏み重なって形状を留めていないため、現時点での種類や材質の特定は不可能です』

靴跡か。
公園なので靴跡がついているのは自然だし、自転車や一輪車、スケートボードなど車輪のついた遊具の跡があっても不思議ではない。
先に来た警察の鑑識がすでに鑑定を進めている頃だが、レフティの探査結果以上の物証を得るのは難しいだろう。
他に特筆すべき痕跡は無いというＡＩの言葉に、ここでの捜査は一旦打ち切ることにした。