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追跡-②
俺は気を静め、今一度状況を整理した。
シグナルが消えたという事は、追跡発信機に異常が生じたか、何らかの電波妨害を受けたかのどちらかである。
どちらの可能性も否めないが、直前まで追跡可能だったことと、ドローンのハイスペックな性能から判断して、俺は後者の可能性が高いと考えていた。
ドローン自体にステルス機能があるとは思えない。
もしあるなら発信機を取り付けた段階から、すでにキャッチ出来なかった筈だ。
となればシグナルの途絶えたこの地に、電波を通さぬ遮蔽網が張られていると考えるのが妥当だ。
その網の中に逃げ込まれた為、シグナルがカットされたのだ。
だが逆に言えば、それは奴がまだここの何処かに身を潜めているという事でもある。
上空を見回しても、空中静止している姿は無い。
やはりどこかに着陸したのか……
どこだ?
『解析完了しました』
張り詰めた神経に、いつもの聴き慣れた声が突き刺さる。
『平地エリアの中央付近に、微かですが熱反応が見られます。
平地の中央?
慌てて目を向けるが、相変わらず地肌以外何も無い。
薄茶色の地面に、疎らに散らばる小石。
俺は暫しその光景を眺めていたが、ふとあることを思いついた。
そのまま足早に中央付近まで歩を進めると、その場に片膝をつき左掌を地表に重ねた。
「地中をスキャンしてみてくれ」
周囲にも上空にも姿が無いとなれば、もはや逃げ場所はここしか考えられない。
レフティは地表の熱反応をキャッチした。
つまりコイツの探査機能は機能しているという事だ。
となれば、この地表の見えている範囲には遮蔽網は無いという事になる。
遮蔽網が張られているのは見えていない場所……
つまり地下である。
俺の勘が正しければ、この真下に何かある筈だ。
『解析完了しました。地表から約四十センチ下方に金属物質らしき反応があります。反響音からの推算では二メートル四方に亘っていることが確認出来ます。金属の材質の特定は不可能。そこから下方の状況については探査不可能。電磁パルスが完全に遮断されています』
やはり思った通りだ。
この下に地下設備が存在しているのはまず間違いない。
奴はそこに逃げ込んだのだ。
二時間という航続距離の長さからみて、ドローンの遠隔操作は通常のリモコン装置ではなく衛星通信を利用していたと思われる。
その航行を可能とする機体性能は、汎用タイプをはるかに凌駕したものだ。
おまけに目の前にはそいつが収納されたと思しき地下設備まで登場してきた。
こうなると最早一個人の所業によるものとは考えられなかった。
相応の富と人材を有する組織集団の仕業か!?
俺は考え得る限りの日本の犯罪組織の名前を思い浮かべた。
右翼団体、反社会的勢力、新興宗教団体等々……
いや、違う!
コイツはそんな連中の仕業じゃない。
俺の直感が囁いた。
これはもっと知的で、とてつもなく頭のいい奴らの仕業だ。
そう、むしろこれは……
『森林の数箇所に微弱な電波信号が確認出来ます』
探査を続けていたレフティの報告が入る。
俺は一旦推理を中断し周囲の樹木を一瞥した。
「どこだ?」
『平地に対しほぼ対角線上に位置する四か所の樹木から発信されています。いずれも地上より約五メートル付近に反応が見られます。もっとも近いものは、あなたの後方約三メートルにあるものです』
レフティの言葉に俺はゆっくりと後ろを振り返った。
背の高いこげ茶色した樹皮の木が並んでいる。
洗車ブラシのような特徴的な緑葉には見覚えがあった。
もみの木だ。
改めて見ると、見える範囲の雑木林の大半をもみの木が占めている。
俺は踵を返すと、そのまま真っすぐその中の一本を目指した。
『それです』
レフティの合図で立ち止まり、目の前に聳え立つ巨大な傘を見上げる。
確かに上方五メートル付近から鬱蒼と緑葉が生い茂り、どことなく不自然さを漂わせている。
この瞬間、俺には木から出ている電波の正体が分かったような気がした。
ここまで辿り着いたドローンを地下へ収納するには、何らかの誘導装置が必要となる筈だ。
このエリア一帯を常時監視し、ドローンを認知すると同時に出入口を自動開閉する装置である。
常駐している誰かが、その都度出入口を操作しているとも思えない。
恐らくは、全てが自動操作であると考えた方が自然だろう。
その役割を果たしているのが、対角線上に位置するこのもみの木である。
各々の木に内臓された誘導装置が、地表まで下りてきたドローンを察知し地中へと誘導したのだ。
念のため、俺は木から発信されている電波の方向をレフティに確認した。
どの木もこの小さなグランドの表面に向かって放出していた。
やはりそうか。
俺は腕を組んで頷いた。
だが問題はここからだ……
地下設備があるなら何としても確認したいところだ。
俺を監視していたドローンの正体を
それを操っていた者の正体を
そして何より、今回の殺人事件との関連性について手掛かりを得るチャンスである。
地下に対してレフティの探査機能は通用しない。
ならば何とか出入口を見つけ出し、強引にでも開けてみるしかない。
どのような危険があるか予測もつかないが、それ以上にこの機を逃したく無かった。
俺は地表を睨みながら、せわしなく気持ちを整理した。
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