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夏休み中は小学生たちが虫取り網を持って駆けまわっていた裏山の小路も、2学期が始まるといつも通りの寂しい山道にもどる。
鬱蒼とした木々に覆われた茂みからは、気の早い虫の声が聞こえた。
まこと君たちと一緒に虫取りに付き合ったので、この道は何度か通ったし、ルートを外れた獣道みたいなところも知っている。山のてっぺんには大きな山桜が一本生えていて、その下に小さいながらも立派な天祖様のお社がある。
鏡を納めた箱と、猿のような形をした石が並んで置いてあるのが不思議だったけど、あのおサルさんは山の神だったのね。
しばらく登って行くと、青々とした葉をたたえた山桜の太い枝が見えてきた。社の前はかつての祭祀のためか広く平らに整えられていて左右に可愛らしい狛犬がひかえている。
ふとまわりを見回してみたが、人の気配はない。私は社の脇をぐるりと回って、町が見下ろせる山の端まで出た。
「あ」
思わず声が出て口を押える。神社の基礎と同じ石材でこしらえたベンチの上に、こちらに背を向けて座っている人がいた。
寝起きそのままみたいなぼさぼさの頭と、ちょっとくたびれた感じのTシャツ。高校生って聞いていたけど、若者らしい覇気は全然感じられない。
人違い……ではないよね?
何気ないふりを装って、そっとベンチの隣に立つ。
気が付いたかしら?
さて、見に来たとはいえ……何したらいいんだろ、私。
ちらりと横目で見てみた。前髪は伸び放題で顔の半分くらい覆ってる。若いとはいえ、顎のあたりに剃り残した薄い髭がちょびちょび目立って、あら残念って感じ。
「……大分、涼しくなりましたね」
普通のトーンで話しかけたはずなのに、お隣さんは見てわかるほどビクッとした。まさか声を掛けられるとは思っていなかった、のかしら。
恐る恐る顔をこちらに向けて、目を眇める。
その間、一切無言。
「下のお社の裏に、イッパイ銀杏が落ちてましたよ」
「…………」
お隣さんは、喉仏を動かしてゴクリとつばを飲み込んだ。
聞こえては、いるみたい。
「銀杏って、召し上がったことあります?」
「…………」
無言で固まっていた人は、慌てて立ち上がり挙動不審にお辞儀っぽい仕草をすると、逃げるようにさっさと山道を降りて行ってしまった。
私は茫然とその背中を見送った。
あれ? 話しかけて欲しくなかったのかしら?
なんだか悪いことしちゃったのかも……。
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