糸引き電話

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 その日の晩は、帰宅した樹さんと銀杏の話で盛り上がった。 「そうそう。在ったよ、デッカイ公孫樹(いちょう)の木! いやー、忘れてたな。今の時期すっごい臭いの。一度、踏んづけて帰ったことがあって、玄関先が猛烈な排泄物臭になってさ。お袋にメッチャ叱られた」 「確かに、ひどい臭いでしたね。でも、中身は美味しいんでしょ? 狐塚さんがいいオツマミになるって言ってましたよ」  晩のオカズの胡瓜の糠漬けを口に放り込んだ樹さんは、うんうんと頷いた。飲み下してから、箸を持った手で虚空に何事か書きつけるようにして言葉を探す。 「ビタミンB6……」 「は?」 「……によく似た化学物質が入ってて、食べすぎると気持ち悪くなるんだよ」 「銀杏に?」 「そう、銀杏に。美味いんだけどね。小さい子供にゃ、食べすぎは毒だよ」    まぁ。  美味しいのに毒なんて、何て罪深い食べ物なのかしら。  それでいて、神社に植わっているの?  「フミさんも食べなよ」 「え?」 「晩御飯」 「えー」  私は、テーブルに乗り出していた身体を引いた。 「俺だけ食べてるの、やっぱ、違和感」  ムスッとした顔の樹さん。  私はあたりをキョロキョロ見回し、身体を伸ばして新聞を引き寄せる。  確か、築地市場の今週のお勧め食材の記事があったはず。生活欄のページを開き『美味しい丹波栗』の見出しを見つけて指でつまんで引っ張り出した。  ちゅるちゅると文字列を吸い込み始めた私を見て、樹さんは溜息を付いた。 「そうじゃ……無いんだけど」 「え?」 「週末は、」 「あ……、そういうこと」 「そういうこと」  文末をちゅるっと飲み込んだ私は、ふむ、と樹さんの前に並んでいる夕餉を、改めて眺めた。  その晩、無言電話は無かった。  
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