糸引き電話

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「ここに越して来たばかりの時にさ、例の神社の前で生徒手帳を拾ったんだ」  蓋をしたフライパンで銀杏の実を炒りながら、樹さんは言った。  あの臭いにおいが嘘みたいな美味しそうな香りが漂う。  パンッと弾ける音がして、樹さんがコンロの火を止めた。 「ここに越してきたばかり……というと、まだ……」 「そう。フミさんとは疎遠だったころ。……俺の母校の生徒手帳だったから、懐かしくてつい、記載されてた持ち主の電話番号に直接連絡をとったんだ」  フライパンの中では、まだ殻が弾ける音がしている。 「翌日には、無事、持ち主に返せた。ナントカ……リク君だったよね? 確か」 「はい。長谷部凌空(はせべりく)くんですって。この春から、平日昼間に神社で見かけるって、神社の方々が……」 「そうかぁ……」  樹さんはフライパンの蓋を開けて、中身をザラリとキッチンペーパーに乗せた。 「フミさん、熱いから気を付けてね」 「はい」  布巾で覆いながら白い殻を剥くと、中から翡翠色の実が出てきた。  狐塚さんが言っていたように、ちょこっと塩を付けて口に放り込む。 「ふあっ、あっつ」  一瞬、ふわりと公孫樹の黄色い葉の香りがして、ホクホクとした歯触りが広がる。僅かにほろ苦いが、決して嫌な苦さではない。 「どう?」  樹さんがにっこり笑う。 「ほいひー」 「な? 秋の珍味だ。日本酒が欲しくなっちゃう奴。吹き寄せに仕立ててもいいし、茶碗蒸しに入れてもいい。何にせよ、色がキレイだよね」 「……樹さん?」  私、ふと思いついた。 「ん?」 「凌空くんに電話かけたのって、家からですか?」 「うん。うちの固定電話からだけど、それが?」    ああ、そうか。  なんか、……つながったかも。  
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