糸引き電話

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 あれから、神社の清掃の時に新メンバーが増えた。 「『起立性調節障害』? 難しい名前だなぁ」  体格の良い鹿島さんが、竹箒を動かしながら唸った。 「朝は動けないでいるのに午後には元気に見えてしまうから、なかなか周りに辛さを理解してもらえなくて……」  長谷部君は苦笑まじりのため息を付いた。髪の毛はぼさぼさのままだが、髭は剃って、幾分清潔感のある服を身に付けていた。  彼が体調不良に見舞われたのは樹さんに生徒手帳を拾ってもらった数か月後だったらしい。思春期の子どもに時々みられる自律神経の調整障害だ。あれだけ楽しみにしていた高校生活が一気に暗転した。症状はなかなか改善せず、この春から、ほとんど学校に通えなくなってしまった。  高校二年生の夏休みなんて、青春まっさかりの時だ。体調の不調故に友人たちとも疎遠になり、何一つ高校生らしい夏休みを謳歌できず、孤独感にさいなまれて携帯電話に登録していた電話番号に片っ端から電話を掛けたらしい。でも、何を話したらよいのかわからずに無言でいるものだから、さっさと切られたり着否にされたり……。  家の電話番号については、実のところ長谷部君本人も登録していたのを忘れていたようだ。高校のOBだったこと、名字が珍しかったことから、その時のノリで登録していたらしい。  それがこういう繋がりになるのだから、縁とは解らないものだ。 「ストレスも原因の一つって言われてるよね。長谷部君、真面目っぽいから、なかなか思うようにいかなくて余計に自分を追い込んでたのかもよー」  浅間さんが、集めた落ち葉を大きなゴミ袋に詰めた。これを、後で学校農園の堆肥置き場に持って行くのだ。  真面目ですかねー、と長谷部君は頭を掻いた。 「んで? なんだ、ボンズは警察から感謝状貰ったって?」  浅間さんの作業を手伝っていた香取さんがこちらに顔を向けた。 「あー、あれにはビックリしました」  破廉恥電話の番号を近所の交番に通報に行ったら、どうやら悪質商法電話と破廉恥電話の関連性が浮上していたところだったらしく、警察署の方から「事情を聞きたい」と連絡が来た。  悪質商法グループの犯人の一人が、昼間、営業電話を掛けて女性の電話番号と解ったところへ、夜になるといたずら電話を掛けていたようだ。それにしても、アポ電話を掛ける時の感覚と同じに考えて、自宅電話を非表示にするのを忘れていたというのだからホントに間抜けとしか言いようがない。折角足がつかないようにIP電話で悪事をはたらいていたのに、とんだところから足がついたものだ。 「それにしても、掃いても掃いても落ち葉が降ってくるねぇ。きりが無い」  狐塚さんがむくれている。諏訪さんが、ははっと笑った。 「またぞろ、消防署へ行って焚火の許可でももらってくるか。週末、学童の子等を呼んで焼き芋でもどうだい」 「いいですねぇ」  浅間さんがニッコリ笑った。 「長谷部君もお手伝いに来てね」 「あ、はい」  長谷部君は忙しなくキョトキョトと周りに視線を配りながら頷いた。  私も樹さんに声を掛けようかな。  焼き芋って、どんな味がするんだろう?        < 終わり >
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