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「アサヒさんが、持ってきてくださるんですか?」
(あ……いえ、営業担当の者がお宅に窺います)
えー、それはちょっと嫌かも。
私は、受話器のコードを指に絡めながら視線をめぐらせた。
「アサヒさんて、その……『ジュエリー・ルーチェ』の店員さんなんですか?」
(いえ、お店に頼まれてお電話しているんです)
「まぁ……そうなんですか? じゃあ、今お手元に商品は無いのですか?」
(ええ……まぁ………その、店舗で営業のお電話を差し上げているわけではないので……。でも、商品の知識は一通りありますよ)
当然じゃないですか、といいたげな空気が伝わってくる。
「アサヒさんなら、彼女にどんなジュエリーを贈りたいですか?」
(え?)
「お店の商品を一通りご覧になったのでしょう?」
(いや、彼女は……いないので)
「もー。リアルな話でなくても良いんですよ。『彼女がいたとして』あるいは、『女性がこんなものを身に付けていたら魅かれる』とか、アサヒさん自身はどうお考えですか? アサヒさんの好みを聞いてみたいです」
(え……えと……)
あらら。商品知識はきちんとあって、営業のお電話をしてらっしゃるのではないのかしら?
「私自身の好みは漠としているから、アサヒさんからのお勧めを参考にしてみたかったのですが、お勧めも無いとすると営業の方はどのような商品を持ってきてくださるのかしら。売れ筋とかですか? でも、それなら、ワザワザ来ていただいても無駄足になる確率が高いですよね?」
(で、でも、営業はベテランですから、きっと素晴らしい商品を持って伺いますよ)
「素晴らしいって、具体的にどんな商品ですか? アサヒさんも商品知識があるのなら、営業さんが持ってきて下さるジュエリーの傾向とかも、勿論ご存知ですよね」
(………)
あれ? 黙っちゃった?
(すみません。ご興味が無いようなので、失礼いたします)
電話はガチャンと切られた。
あらー……。
私は、ツーツー言っている受話器を見つめた。
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