【黄昏のハーメルン】

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俺は愛しいものを抱きしめるように、でかいスーツケースを持ち上げて、キスをした。 バイバイ、ほたる。 バイバイ、母さん。 バイバイ、染谷祐介。 そして、スーツケースと一緒に海の中へ、ドボン、飛び込んだ。 海水は青く、暗く、濁っていた。 泡が口から洩れていく。 段々息が苦しくなる。 意識が遠くなる。 『死ねる』 そのことがなにより嬉しかった。 死にたくて、死にたくて、主人公が死ぬ物語をいくつも作った。 ほたるをまきぞえにするのは可哀想だったけれど。 これで、誰も迎えに来ない世界にいける。 迎えに来てほしかった。 でも、誰も来なかった。 なら、いっそ誰も迎えに来ない世界へ。 ああ、だから、母さん。 もう『お迎え』はいらないよ。 END
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