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無事同じ大学に入学し、俺たちは同居を始めた。両親にはルームシェアだと伝えてある。相手が幸也だと知ると母は「あんたたちは相変わらずねえ」と笑った。 二人で家事を分担しながら、時折ごみ捨てを忘れたり、寝坊したりして喧嘩して。それでも仲直りをして。きっとこんな生活が永遠に続くのだと思っていた。 「そろそろでしょう、薬ちゃんと持ち歩いてね」 そう電話口で母が言う。最初の発情期、「初潮」とも呼ばれるそれは本格的な発情期ほど重い症状にはならない。数日間、発熱に似たけだるさを感じる程度だという。しかし発情期と同様にフェロモンが振りまかれるため抑制剤が必要となる。完全に体が成熟し、発情期が難なく迎えられるかどうかを体が確認するのだ。 大学へ向かう途中、ふいに後ろから俺に向かってくるあわただしい足音、俺はため息をつく。 振り返ることなくひょいと体をかがめると、頭上で拳が空を切る音がした。 「てめえ、よけんな」 「よけるだろ」 俺は呆れながら後ろを振り返る。俺と同じくらいの背丈、野性味のあるその顔は彼の性格をそのまま表しているようだ。男の名は(はやし) 邦久(くにひさ)、幸也を狙うαの一人である。 大学に入ってからも当然幸也をつけ狙う者は多くいる。特にβとα層だ。当然俺はそれを牽制しつつ、高校時代と同様に幸也の身辺警護をしている。多くはこれで諦めてくれたわけだが、当然諦めの悪い者もいるわけで。 「俺がお前に勝ったら幸也は渡してもらう」 なんて訳の分からない言い分で顔を合わせるたびに勝負をひっかけられて迷惑しているのだ。別に毎回乗る必要はないと分かっているのだが、幸也を渡せと言われて退くわけにもいかない。要はプライドの問題だ。 大学内の人通りの少ない校舎裏で俺たちは大抵勝負をする。当然わかりやすい殴り合いの勝負だ。この男も俺も頭脳戦は好きではない。 荷物を離れた場所に放って俺と邦久が対峙する。いい加減そろそろ本気で沈めてやろうと拳を構えた時、かすかに甘い香りがした。その香りに気を取られる。その瞬間、体中の血が沸き立つような感覚と共に俺はその場に崩れ落ちる。ぞくぞくと鳥肌が立つ。香りが濃くなる。その出どころを探るように顔を上げると邦久が困惑したように俺を見下ろしている。 そこでようやく目の前の男がαであることを思い出す。 「おい、お前急にどうしたんだよ」 「来るな、俺のかばんから薬を・・・」 俺の声にはっと我に返った様子で邦久が俺のかばんに駆け寄り中をあさる。しばらくして薬を手にして戻ってきた邦久の手から薬を受け取りかみ砕いた。意識がもうろうとする。初潮がこんなにきついなんて聞いてない。せいぜい微熱程度の感覚だと勝手に思っていたのだ。 「すげえいい匂いだな」 酔ったようにとろりとした視線に背筋が凍る。俺は無意識に項を手で覆い、邦久から距離をとる。もう少しすれば薬が効いてくる。フェロモンも収まってくるはずだ。はっはっと浅い呼吸を繰り返し、俺はなんとか立ち上がり、人の多い場所へと向かう。 「修平」 その声に安堵する。幸也の腕が自分より大きな俺の体を必死に抱き留めたが俺の体を支え切れず、共に地面へと倒れ込む。 こんなかっこ悪い姿、幸也にだけは見せたくなかったのに。それでも幸也の姿をみてほっとした。俺はそのまま意識を手放した。
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