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幸也に別れを告げて数日が経つ。幸也はあれから一度も顔を出さない。当然だ。俺は幸也を傷つけた。あんな顔をさせたかったわけじゃない。ただ俺は幸也に幸せになってほしかった。 あれからすぐ、いくつかの検査を受け体に異常がないことを確認すると俺はすぐにでも退院を許された。 家に帰っても幸也はいなかった。俺はずるずると座り込む。もう戻らないのだと今更ながらに思った。幸也の食器も歯ブラシもそのままだった。またいつか戻ってきてくれる気があるのだろうか、そんなことを期待した。けれどその期待がいかに自分勝手な願いであるのかを考えて俺はその思考を振り払うように首を振る。 前に進まなくてはならない。俺は泣くのをぐっとこらえて立ち上がる。泣く資格など自分にはないのだから。 気晴らしでもと次の日立ち寄った大学の構内で俺は異様な数の視線を感じた。それはいい気分のするものではない。 睨むように周囲を見回せば、いくつかの視線は消え、いくつかは敵意に変わる。そのうちの一人が俺に近づいてくる。見た覚えのある男だ。幸也に好意を抱いていた男の一人で、幸也に事あるごとにだるがらみし、ちょっかいをかけてきたためお灸をすえた男だ。 「この前構内で倒れたらしいねえ、結構な噂になってるよ」 「大丈夫?」と心にもない言葉に腹が立つ。何が言いたい、人の心配をするような男でもないだろう。にやにやと嫌な笑いが鼻につく。裏があるに違いないのだ。俺は男を睨み返す。 「用があるなら端的に言えよ、俺は暇じゃない」 「そうかい、じゃあ端的に言うよ、『ついてこい』」 男のその言葉と同時に周囲を10人ほどの男たちに囲まれる。皆見たことがある、幸也に興味を示していた男たちだ。よりによってこのタイミングで、しかも徒党を組んでまで復讐とは。馬鹿馬鹿しくて笑えて来る。 この程度なんとでもなる。見たところほとんどはただの素人だ。素人風情が束になろうと俺には勝てない。どれだけの覚悟で幸也を守ってきたと思ってる。どれだけ長い間幸也の幸せを願ってきたと思ってる。 俺は男たちに囲まれたまま誘われるがままにその場を移動した。
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