‐3‐

2/2

149人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
僕は学校で手渡された第二の性の診断書をもう一度開いてため息をつく。そこにははっきりと「α」の文字が書かれていた。 こんな容姿と体格でαだなんて笑ってしまう。僕は誰かにその診断書を見られていないかを確認してかばんの中にしまいこんだ。幸い僕をαなどと思う者はいないだろう、少なくとも診断書を誰かに盗み見られない限りは。 皆僕をΩだと思っている。そしてそれは通知を受ける前の僕も同様だった。 別に第二の性がなんであれ、まだ成熟していない現段階で何かがあるというわけでもない。ただ、僕にとってそれは大問題であった。Ωではないにせよ、βならまだよかった。 僕がαだと知られたら、修平にとって僕は「守るべき対象」からはずれてしまうかもしれない。そうなればもう一番近くにはいられない。修平は優しいから、僕が弱くて守るべき存在だから傍にいてくれることを僕は知っている。きゅっと唇を噛みしめた。 「悪い、幸也。今日は一人で帰ってくれ」 こんなタイミングで修平からそんなことを言われて僕の心臓は早鐘を討つ。不安が現実になるような嫌な予感がして焦る。その日から修平は僕と距離を取るようになった。 数日して事態がどうにもならないことを察して、僕は意を決して修平を屋上に呼びだした。 「修平、最近どうしたの」 「なんでもない」 そう尋ねれば、修平はごまかそうと僕から目をそらす。きっとここで引き下がればもう二度と聞けない気がして、僕は食い下がった。 「僕じゃあ頼りないかもしれないけど。修平が苦しそうだと僕も苦しい」 よかったら話してほしい。いやだったら無理に話さなくても構わない、でも傍にいさせて。 まくし立てるようにそう言えば、修平は苦しそうに顔を歪め、それでも「わかった」と頷いた。そして、ポケットから小さくたたまれた紙切れを取り出して僕の前で開いて見せた。よく見ればそれは第二の性の通知書だ。修平の名が書かれたその診断書に目を通し、僕は驚く。 「俺、Ωだった」 「うん」 そこには「Ω」の文字が書かれていた。くしゃくしゃの診断書は修平が今日までどれだけこの事実に頭を悩ませたのかを示しているように思った。 「俺のしてきたことは無駄だったのかな」 ぽつりとつぶやいた修平の言葉に胸がつまる。 修平はいつも誰よりも正しくあろうとした、強くあろうとした。そのために費やした時間と努力を僕は知っている。無駄なんかじゃない、僕が今日こうしてあるのもすべて修平のおかげだ、どうすれば伝わる、どうしたらわかってもらえる…? 僕はなんとか言葉を探す。僕の言葉が修平に届くことを願った。 「Ωだろうとなんだろうと、修平は今も昔も僕のヒーローだよ」 そのとき、修平の目から涙があふれた。そのことに酷く驚いた。僕は彼が泣くのを初めて見た。 強くてかっこいい彼がこの一瞬僕にだけに見せる涙は特別なものである様に思った。 修平はすぐにその涙を乱雑に手の甲でぬぐい取ると、まるで僕に誓うように力強くこういった。 「俺はΩだけど、それでもお前を守るよ」 その日のことを僕が生涯忘れることはないだろう。 Ωだろうと、修平は変わらずにかっこいい。僕の知る誰よりも。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

149人が本棚に入れています
本棚に追加